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[#109] 何とも言えない 『お医者様はいらっしゃいませんか?』
『お医者様はいらっしゃいませんか?』
行きの指定席は取れたが、帰りは自由席しか取れなかった。
駅にはお土産なのだろう、紙袋を持つ人並み。
僕もその一部である。
甥っ子姪っ子たちに渡すお年玉の可愛いポチ袋を東京で買ったのに全部家に忘れた。
まあ実家にダサいポチ袋なら大量にあるからいいか。
彼らは袋には何の興味もなく、中身に興味があるのだから。
そんなことを思った東京駅。
大阪に着いたエスカレーターの右側に人が立っている景色に違和感を覚えるようになってしまった僕はもう大阪人ではないのかもしれない。
御堂筋線の座席のシートはフカフカしていて大好きだ。
東京の電車にもこのクッション性を求む。
最寄りの駅にオトンが車で迎えに来てくれているが、だいぶ待たせてしまっている。
なぜなら僕が乗る新幹線は三十分ほど遅れて新大阪に着いたのだから。
横浜も過ぎ軽快に新幹線は走る。
いつも車でツアーに出る僕としては魔法の乗り物だ。
その魔法を使うには安くはないお金を払わなければならない。
やはり魔法なんかじゃない。
ただただお金の力だ。
でも実は車で移動しているからと言って安いわけではない。
あの大きな車のレンタカー代も毎回バカにならない。
コロナもまだ収まっていない中、各地でライブできることに改めて感謝している。
「静岡は最近ライブできてないな」
もうすぐ通り過ぎる静岡駅に思いを馳せた時、事は起こった。
「ぐぉ、、おぇ、、お、、、」
あぁ乗り物酔いかな、可哀想に。
僕の後方から嗚咽が聞こえたのでそう思った。
しかしその矢先に何から後方がバタバタしている気配。
誰かが通路を走り抜けていった。
いや乗り物酔いではない雰囲気だ。
振り返ってまであまりジロジロ見るのも違う気がしたので正確にはわからない。
でもチラッと見た感じだと六十前後の男性が意識が朦朧としているのが見えた。
ここは十六号車。
一番端っこの車両。
只事ではない雰囲気が十六号車に流れる。
するとあの有名なアナウンスが流れた。
「お客様の中にお医者様はいらしゃいませんか?」
僕はずっと怯えていた。
近くで人の容態が急変していることに。
僕はずっと情けなかった。
あまりにも自分が無力すぎて。
「お客様の中にお医者様よいらしゃってくれ!!!!!」
そう祈ることしかできなかった。
朦朧としている男性に一緒に乗っていた娘さんが「お父さん!お父さん!」と叫んでいる。
神様。
十六号車は一番端の車両なので、入ってくる人は絶対に僕の横を通る。
時間がえらく長く感じたがやっと十六号車の扉が開いた。
神様だ!
いやお医者様だ!
ヒーローが現れた。
しかも一人や二人ではない。
大晦日ということもあってかお医者様がたくさん居たのだ!!
総勢十人以上の医療関係者が十六号車に集結している。
「お名前言えますか?」
「指握れますか?」
などの声が聞こえる。
お医者さん同士の声も断片的に聞こえた。
「脳梗塞」
その単語が聞こえてヒーローが現れた安心感に少し不安が混ざった。
このコラムを書くときに少し調べると、このアナウンスで挙手するお医者さんもかなりの心労なのだという。
専門外だったらどうしよう。
専門器具のない中判断が間違えていたらどうしよう。
そりゃそうだ。
それでも勇気を出して立ち上がってくれたお医者さんは本当にヒーローだ。
とりあえずは大丈夫そうな会話が聞こえた。
しかしやはり精密検査がいるということで静岡駅に緊急停車するという。
車椅子に座る男性はまだ少し意識がはっきりしていないように見えたが、静岡駅に待機していた救急隊員が男性を診る。
静岡駅で止まることもあまり経験がないな。
こんなホームだったのか。
僕にも少し余裕が出てきた。
アベンジャーズのように集結したお医者さんも少し安堵した表情で各自自分の席に戻っていく。
僕は心の中で拍手をし彼らを見送っていた。
偶然かもしれないし、そういうデータもあるのかもしれないが。
よく見るとそのお医者さんが漏れなく全員メガネをかけていた。
だからなんやねんって話なのだが、本当にそうだったんだから仕方がない。
その事実に少しホッコリした自分がいたことも事実。
これこそ緊張と緩和。
これこそコラム「何とも言えない」だ。
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