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[#101] 何とも言えない 『猫~ねえねえそこのカップルさん~』
『猫~ねえねえそこのカップルさん~』
犬派だった。
猫も嫌いではなかったが、何を考えているかわからないという理由から少しばかりの恐怖を抱いていた。
今思うと猫が何を考えているかはわかる時もあるし、犬も何を考えているかわからない時もある。
ましてや人間だって何を考えているかわからない。
その「わからない」という現象にいちいち怯えていたらキリがないのだ。
コロナなんてものがまだ世の中になかった頃。
僕らは自転車に跨り、北へ進んでいた。
奥さんが完全に猫派で実家でも猫を飼っている。
僕は動物は何でも好きなので、猫を飼おうという話は順調に進んだ。
話し合った結果ペットショップで買うのではなく、保護猫などの殺されてしまうかもしれない猫ちゃんを引き取ろうとなった。
近所の保護猫の施設。
自転車ですぐの距離だ。
そこにはある程度成長している身寄りのない猫がたくさんいた。
さすがにその場では即決できずに、また自転車に跨り南へ帰る。
立ち飲み屋がある。
二畳か三畳くらいのスペースで七人も入ればパンパンになる。
その店で知り合った年齢も職業も知らない人たちと仲良くなり飲むのが好きだった。
実際そこで知り合ったおじさんや同世代の人とゴルフに行ったり、BBQに行ったりなどなど。
この街に住む飲んべえを愛おしく思っている。
保護猫の施設の帰り、奥さんとそこに立ち寄った。
まだ十八時過ぎで店内は店主だけ。
この街の飲んべえたちはもっと深い時間に妖怪のように出来上がった状態で現れるのだ。
「あの白い子可愛かったね」
「シマシマの子も人懐っこそうやったなぁ」
こんな夫婦の会話が立ち飲み屋で弾んでいた。
なんだかんだ一杯目はビールだ。
そして僕より奥さんの方が酒が強い。
いつも置いていかれる。
「ねえねえそこのカップルさん」
急に声をかけられたので反応に遅れた。
何よりさっきまで店内には僕らしかいなかったのにいつの間にかその声の主は入店して酒をあおっていた。
上品な佇まいのそのおばさんは初めて見る顔だった。
おばさんは続ける。
「ねえねえそこのカップルさん、猫いらない?」
「いる!!!!」
うちの奥さんが食い気味で答えた。
僕の意見など無視だ。
「数日前にうちで子猫が四匹産まれて飼ってくれたら助かるんだけど」
何という運命的な流れなのか。
猫を飼おうと保護猫を見に行き、その帰りの居酒屋でそんな提案をされるなんて。
いつの間にか僕らとおばさんの間に空いていた立ち飲み屋のカウンターの隙間は無くなっていた。
「ベンガルとシャムのハーフなんだよ、写真見る?」
そんなもの見てしまったら終わりだ。
「可愛いー!!!!!!」
奥さんが絶叫している。
そりゃそうなる。
酔っているわけではない。
僕らは大切な生命を貰うのだ。
築はそれなりに経っているが綺麗にリノベーションされたマンションの五階を目指す。
近所とは言えそこからの景色は僕が住む街ではあるが借り物のように見えた。
真新しい猫用のキャリーケース。
その中には真新しい肌触りのいい毛布。
おもちゃ、チャオチュール。
彼を心地よく迎え入れてあげたい気持ちから思いつく限りの準備をした。
今日から僕らは猫を飼うのだ。
カブトムシ、ハムスター、インコ、犬。
人生でこのあたりの動物を飼ってきた。
しかしながら猫の接し方がわからない。
親元から離れ我が家にやってきた子猫は一晩中鳴き続けた。
可哀想で、申し訳なくて、心が痛くて、親元から離したことに罪悪感を覚えるほどだった。
ほぼ寝れないで朝を迎えると、彼はソファから僕を見ていた。
電気をつける前で朝の光だけを纏った彼は神々しかった。
彼が寿命を全うする十数年後、僕は五十歳を超えるだろうか。
五十歳を過ぎて号泣することが決定した朝。
想像するだけで悲しい。
しかしこんなことを言いだすと誰も動物が飼えなくなる。
でも大丈夫。
彼はその神々しかった朝から今の今まで、それ以上の幸せを僕にくれる。
実家の愛犬のワカメは名前の通り女の子だ。
去勢手術をした後の彼女の様子を今でも覚えている。
うちの猫も去勢の日がやってきた。
男同士にしかわからないかもしれない。
彼は今日、金玉を無くすのだ。
そのお話はまた来週。
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