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[#87] 何とも言えない 『芸名』
『芸名』
僕らLEGOBIGMORLには唯一NGの質問がある。
下ネタでも何でも来いだがこれだけはNGなのだ。
「バンド名の由来は?」
デビュー当時に数えきれないほど聞かれた。
NGの理由は僕らの機嫌が悪くなるとか、言えない秘密があるとかではない。
ただただ気の利いた返答ができないのだ。
バンド名に特別な想いや意味がない。
それはあの時代の「凝ったものが逆にかっこ悪い」みたいな思想によるものからかもしれない。
「なんとなく適当に決めました」がかっこ良いと思っている一番カッコ悪いフェーズだったように思う。
デビューしたらこんなにも取材があることも、こんなにもこの質問があるとも思っていなかった。
あぁもっとちゃんと考えればよかった。
初ライブは二週間後。
曲は揃った。
持ち曲全部演奏してちょうど二十分。
あとの十分はMCをチンタラ話せばいいか。
そんな舐めた考えで貰った三十分を埋めた。
とは言っても曲はかなり真面目に練習し万全だった。
そこにライブハウスから電話が。
「お前らそろそろバンド名決めてな?HPやチケットに記載しないとあかんし」
「カタカナで行こうか」
別に断る理由もなかった。
デビューが決まったLEGOのそれぞれの個人名の話だ。
「キンタ君は漢字だとカナタかカネダかわかりにくいし、大ちゃんも大って書いてヒロって読むの難しいもんね」
なるほど。
事務所の偉い人のこの話は確かになと思えた。
しかし待てよ。
この未知の名前が言えない現象(今思えば吃音症)を避けるにはタナカではない芸名をつける最後のチャンスかも知れない。
。。。。
じゃあどんな芸名にする?
「LEGOってなんか可愛いね!」
「ボリヤードが好きやからビ!」
「ラグビーでモールっていう言葉があるからモール!」
スタジオの休憩所にあるチラシの裏で作られたメモ帳に色々と書いていく。
灰皿はすぐにいっぱいになった。
「初めての彼女がアユミちゃんやったからア!」
と言った僕の意見はレゴビッグモールというバンド名を見て貰えばわかるようにガン無視された。
それぞれ述べた文字や言葉(僕の以外)を繋ぎ合わせたら「レゴビッグモール」という単語が生まれた。
これでいいか!
なんたって意味を詰め込んだものこそダサいと思うお年頃なんだから。
恐らくその頃「吃音症」というものを知っていれば「吃音症」を理由に適当な芸名でデビューしていたに違いない。
しかしまだ僕はそのことには気づかず、誰にも相談できず。
急に芸名考えてきましたなんて言ったら笑われるんじゃないだろうかと思った。
「デビューにテンションが上がって、売れまくって本名では生活に支障が出る」とでも思っているのか。
そんなことを思われるんじゃないだろうかとも悩んだ。
その悩みと、自分の名前が言えない悩み、純粋にデビューが決まった喜び。
それらの感情が混ざり合って酔いそうだ。
情緒がおかしくなりながらもデビューへのスピードは上がる。
自分のことではないような感覚になる。
「ヒロキ!」
誰かが僕を呼ぶ。
その時に、そういえば生まれてこのかた「ヒロキ」としか呼ばれたことがないな。
つまり芸名を「ヒロキ」にしてしまえば良いのか!
しかしその瞬間「タナカ」を抜いた「ヒロキ」という僕がデビューした時に田中家の家族が悲しむんじゃないかなんて、絶対に必要のない心配事が生まれた。
デビュー前から取材はある。
取材をしてくれる人はアルバムの発売より先に音源を聴いてくれた上で質問をしてきてくれる。
つまり初めてのリスナーなのだ。
そんな人の感想が入った質問は答え合わせにも似た時間で楽しかった。
「ライターの〇〇です」
大体自己紹介から始まる取材は、もちろんその後にメンバー一人一人の自己紹介もある。
この時間が地獄だった。
が、「LEGOBIGMORLのタナカです」「ギターのタナカです」など枕詞を先に言えば「タナカ」がスムーズに言えることに気づく。
毎回それを試みてみる。
成功したり失敗したり。
そのことに集中していたため、毎回ライターさんの名前を覚えられないでいた。
大変申し訳なかったと思うが、僕は僕で悩み苦しんだ先に見つけた一筋の光を逃さまいと必死だった。
僕なりの対処法。
それはバンド名という枕詞を先に言えばタナカと言える。
もちろんそれでもダメなこともあるが、勝率が上がる。
それだけで新たに芸名を考えるという僕だけの案は消えた。
奇しくもLEGOBIGMORLというバンドに守られた形になり、僕は僕の中だけで笑った。
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