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[#86] 何とも言えない 『お経』
『お経』
金髪の僕が一番似合わないのがスーツだ。
売れないホストのようになる。
喪服なんてもっての外。
せめてもの思いでピアスは外し、礼儀だけは正しくする。
法事で親族が集まる部屋に入るも僕は宇宙人のような扱いなのだ。
お坊さんが読むお経は心地良い。
木魚の音も耳障りが良い。
畳とお焼香の香りを嗅いでは日本人で良かったと思える。
こういう場面でのしきたりなどは全く理解していないし、この歳になっても覚えていない。
僕の前の人が行う動作を丸暗記して同じように振る舞う。
でも手を合わせている間は不思議と故人への感謝や家族を見守っていてくださいという思いでいっぱいになる。
しかし目を開けるとすぐに前の人が行った動作を思い出しては忠実に再現した。
金髪ってだけで恥を晒しているのに、所作でも恥を上塗りするわけにはいかないのだ。
頭がおかしくなるような暑さの中で着る喪服は死にそうになる。
喪服だけに。
毎日スーツを着て会社に行く人を尊敬する。
肉でも焼けそうな温度になっている墓石に水をかけてやる。
ご先祖様でもさすがに水よりポカリをかけてあげた方がいいのではないかと少し真剣に思う。
涼しい店で会食。
思い出話に花が咲く。
たまにしか会わない親族とこういう会話を無理矢理にでもできる法事というものは故人からの最後のプレゼントのように思う。
「いやーさっきのお経の時ヒロキさん見て笑いそうになったわ」
こんなことを言われた。
とうとう金髪で喪服を着るだけで人を笑わせられるようになったかと思ったがそうではなかった。
「だってお坊さんのお経に合わせてノリノリで体揺らしてたんやもん」
嘘をつくな!と思った。
お坊さんが読むお経は心地良い。
木魚の音も耳障りが良い。
お坊さんのお弟子さん?的な若い人がユニゾンして同じようにお経を読む。
二人の声の周波数は明らかに違えど、それはまるでCHAGE&ASKAのようにKinKi Kidsのように。
それぞれが違う良さを出し、ぶつかり混ざる声。
そこへ全くブレない木魚のリズム。
僕は無意識で足でリズムを取っていたらしい。
右足では表、左足では裏というようにリズムを刻む。
そして次は二人のハーモニーに上半身が揺れる。
僕は恥をかかないように自分の前の人のお焼香の所作を覚えようと必死だったので絶対に無意識なのだ。
「そうそう、音楽に乗ってたよね」
位置的に僕が視界に入っていた人は全員それを認識していた。
恥ずかしい。
これは恥ずかしい。
何たって恥をかかないようにお焼香の作法を必死に覚えていたその最中、ノリノリになってしまい誰よりも恥をかいていたのだから。
これは職業病です。
と言い訳をしたが、世の中のミュージシャンが全員僕のような恥晒しでないことはわかっていた。
しかしそんな言い訳をぜずにはいられず涼しい店内でも僕の背中では滝のような汗が流れていた。
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