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[#82] 何とも言えない 『望遠鏡を覗き込んだ』
『望遠鏡を覗き込んだ』
それは午前二時でも、踏切でもなかった。
友達のお父さんが望遠鏡をセッティングしてくれたあの夏。
月の表面のあのザラザラまで見えるという。
プラネタリウムには何度も行った。
大好きだった。
でもそれは人工的な光だとわかっていた。
僕の目で本当に月も星も見たい。
LEGOBIGMORLの歌詞に宇宙や星の歌詞は多い。
夜の歌も多い。
夜に見える景色は大阪の田舎ではネオンではなく星空なのだ。
カエルの鳴き声をBGMにそれは目の前に広がるリアル。
リアルを歌いたかった。
そう思って作詞活動を始めたもんだから空想(ファンシー)な歌詞は苦手なのかもしれない。
でも宇宙こそ空想を羽ばたかせるには最高の舞台なのに。
代わる代わる覗いた穴から何を見てたかな。
そんな草野さんみたいな歌詞を書けたなら僕は少し寿命が縮んでもいい。
少しだけなら。
誰よりも先に望遠鏡を覗きたかったが、流石にそれを用意してくれたお父さんの息子(つまり僕の友達)が一番初めに覗く権利があるのではと子供ながらに思った。
雲一つないという言葉を夜空に使う時があるんだなと、天体観測をして初めて知った。
あんなに明るい月が自ら発光していないなんて信じられない。
穴があったら入りたい経験なんてこれまでもこれからもあるんだろう。
ライブのステージでよく思うことがある。
ギターをミスったり、MCですべったり。
まぁ今となっては免疫というものもできた僕は少しは強くなったのかもしれない。
しかし幼い頃は「恥をかく」ということに人一倍敏感だった子供だったように思う。
恥ずかしくて泣くということをよくやっていた。
泣くからいつも目を腫らし、このまま外に出ると泣いていたことが友達にバレるから外に行きたくないとまた泣く。
そんな恥ずかしがりだった僕が今ではステージで恥を撒き散らす仕事をしているなんて、あの頃の僕が知ると恥ずかしさのあまり死んでしまうかもしれない。
死因は恥。
虫除けスプレーの匂いを常に纏う幼い頃の夏の日。
親か友達の親が問答無用で手足にスプレーを吹きかける。
子供特有の運動量から出る汗がそれを流す。
望遠鏡を覗く友達の口は開いている。
「すげー」
なんてそいつが呟くもんだから自分も早く覗きたい衝動に駆られては肉眼で月を見てた。
「次ヒロキ!観てみるか?」
友達のお父さんが呼んでくれた。
レンズを覗く。
真っ暗だ。
望遠鏡の向きが月に合っていないのか真っ暗な夜空しか見えない。
その夜空には星すらなかった。
真っ暗をしばらくの間眺めていた僕に友達のお父さんが言った。
「ヒロキ!お前が覗いてる穴はレンズやなくてネジ穴やぞ!」
暗闇を切り裂いたいくつもの笑い声が夏の夜の虫たちの声をもかき消す。
周りの皆んなに笑われた僕の顔は夜でもわかるほど赤く発光していたかもしれない。
赤面は日焼けした肌も透かし、鼓動はうるさかった。
穴があったら入りたいが、そうなってしまった原因もまた穴なのだ。
僕はずっとネジ穴を覗いては月や星を探していたのか。
恥ずかしい。
誰もが夜空ではなく僕を見ていた。
そして腹を抱えて笑ってた。
笑わせているのではなく、笑われている。
そんなことは幼くても肌感覚でわかる。
恥ずかしさから出てくる涙もまた恥ずかしい。
慌てて望遠鏡を覗き込んだ。
涙を乾かすまでずっとレンズで目を覆った。
正しいレンズから覗いた月は滲んでいた。
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