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[#81] 何とも言えない 『Mr.Childrenやぞ?』
『Mr.Childrenやぞ?』
事務所とレコード会社の違いってわかりますか?
僕はデビューしても尚わかっていませんでした。
色んなスタッフが僕らに気を遣ってくれる。
絶対に僕らの方が年下なのに敬語で話しかけてくるスタッフといる時の居心地は悪かった。
でも事務所のスタッフは基本的に僕らをいい意味で舐めてくれていた。
かなりフラットに接してくれていたように思う。
でもそりゃそうだ。
僕ら以外のミュージシャンが凄いんだから。
簡単に言うと事務所はバンドのスケジュールや給与などを管理し、レコード会社は音源を出す際にプロモーションなどをする。
僕らの事務所の社長は小林武史。
彼の音楽には小学生の頃から触れている。
それはMr.Childrenを通して。
僕らはミスチルの後輩としてデビューするのだ。
彼らのベストアルバムを近所のTSUTAYAで買った幼い僕がそのことを知っても意味がわからなかったと思う。
まだギターにすら触れていなかったのだから。
ap bankフェスという大きなフェスをうちの事務所は主催していた。
日本の錚々たるミュージシャンが小林さんと桜井さんを慕い集う。
そんな祭典に僕らLEGOBIGMORLも何度か出演させてもらったことがある。
もちろん所謂バーターと呼ばれるものだ。
しかし僕らはそのチャンスを逃すまいと心を込めて演奏した。
バーターの僕らみたいなものにも涼しい楽屋が用意されていた。
その横にはフットサルコート。
サッカー好きな櫻井さんの「へい!パス!!」という声が聞こえる。
小林さんは僕らを心配そうにステージ袖から見ていた。
東京の父だ。
でも演奏が終わる頃にはもう居ない。
感想も聞きにいかないと言ってくれない。
本当に父なのだ。
ミスチルの皆さんはいつも気さくに話しかけてくれた。
ドラムのジェンさんとは飲みの席で何回かディープキスをさせて頂いた。
キスの際、女性が男のヒゲが痛いと言っていた意味がわかった。
フェスの楽屋周辺でLEGOのスタッフが騒ついている。
嫌な予感がする。
「ミスチルの田原さんがLEGOの楽屋を探している」とのこと。
それは確かにピリつく案件だ。
その時LEGOは本番中で楽屋に案内しても僕らは楽屋に居なかったため引き返されたとのこと。
ギターの田原さんは誰に対してもジェントルマンだ。
しかし自ら後輩にコミュニケーションを取るような人でもない。
後輩の楽屋に用事があるなんて大事件なのだ。
スタッフたちはこう言う。
「LEGOの誰かが田原さんを怒らせたんじゃないか!」
その日まだ田原さんと誰も会っていなくて失礼があったとしたら以前の話だろう。
メンバー同士確認し合ったが、失礼や怒らせるようなことがあったと自覚している者は居ない。
僕も心に手を当て自問したが恐らく大丈夫だと思ったし、思いたかった。
ap bankフェスの暑さは尋常ではない。
参加したことある人はわかると思う。
ステージで暴れ回り、衣装は汗が絞れるほどだったがそれすら着替えるまでもなく田原さんを探した。
そこにいる全員がTシャツ姿だが、田原さんは長袖のシャツを着て汗一つかいていない。
エレガントだ。
今から怒られるかもしれない人を前にそんな感想を抱いた。
田原さんは笑顔で、それがまた怖かった。
「前に東京の事務所でキンタくんに挨拶してもらったのに急いでいて無視したみたいになってしまっていたことを謝りたくて」
はい?
嘘やろ?
田原さんの口からこんな言葉が出て、メンバー、スタッフ全員の時が止まった。
そのためにわざわざ僕らの楽屋を訪ねようとしてくれていたのか。
なんて人だ。
「無視されたなんて思ってなかったっすよ!!」
満面の笑みでそんな返事ができるキンタを羨ましく思った。
彼だけは時が止まっていなかったみたいだ。
メンバー、スタッフ全員が胸を撫で下ろした。
それはもう猫を撫でるよりもそれぞれが自分の胸を撫で回した。
田原さんはキンタに謝ろうとしてくれていたのだ。
そんなレジェンドいますか?
僕はずっと心で呟いていた言葉がある。
「Mr.Childrenやぞ?」
「彼はミスチルのギターなんやぞ?」
そんな人がガキみたいな新人バンドに謝りたかっただと!?
「Mr.Childrenやぞ?」
何だかぐうの音も出なかった。
まいりました。
そして恥ずかしくなった。
田原さんのギターの音を聴いて欲しい。
こんな人となりが溢れる音なのだ。
彼はアルバムをリリースした時の何かのインタビューでこう答えていた。
僕はこの言葉がずっと頭から離れない。
「アルバムのギターレコーディングの際はどのようなことを気をつけましたか?」
「僕は釘を真っ直ぐ打ちたいだけなんですよ」
またもやぐうの音も出ない。
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