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    [#75] 何とも言えない 『悪夢』

    KITSU

    2022/06/06 19:00

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    『悪夢』


    馬鹿は風邪をひかない。

    それを証明するかのように僕は風邪をひかない。

    逆に言うと体調が悪いことがすぐに明確にわかる。

    これはおかしい。

    滅多にない感覚が身体を襲う。

    何年か前なら風邪薬でも飲んで寝ようとなっていたんだろう。

    しかしこのご時世そうはいかない。

    僅かな可能性を信じ市販の薬を飲んで寝てみた。

    起きた時にはスッキリすることを願って。


    ツアーが始まる。

    再メジャーデビューアルバムを引っ提げた大事なツアーだ。

    何を感じてもらうか、何を伝えるか、どのようなストーリーにするか。

    こんな僕らでもかなり真面目に話し合いセットリストを決める。

    仮のセットリストを組みリハーサルに入ったその日。

    「少し喉調子悪いから軽く歌うわ」

    ボーカルのキンタがそう言った。

    誤解してほしくないのは体調が悪いのに家から出てしまったわけではない。

    彼の体調は良好で、喉が少し疲れていただけなのだ。

    それはボーカリストにはよくあることで、喉は商売道具。

    日頃から違和感などに敏感なのだ。

    「じゃあ今日は無理して歌わずにセットリストの流れの確認しよか」

    このように特別なことではない状況でリハーサルは行われた。


    足が痩せ細った。

    バイク事故の時を思い出した。

    自宅隔離期間ずっと寝ていたため美脚になってしまった。

    スマホがあって良かったと思った。

    映画をたくさん観た。

    でもそれよりも電話やLINEで誰かと繋がれることが嬉しかった。

    隔離期間とは思っているより長く孤独だ。

    愛猫に触れないことが辛かった。

    でも初めの数日は熱が酷く、映画を観ていても途中でスマホを握って寝てしまうを繰り返していた。

    この映画どこまで観たっけと巻き戻す。


    次の日もリハーサルだ。

    キンタはとうとう体調を崩した。

    彼抜きでリハーサルを続けた僕らにLINEが来た。

    「ほんまにごめん…陽性でした…」

    キンタからのLINEに動揺し、彼の悔しさを思った。

    僕らも症状はないものの慌てて抗原検査をしたところ全員陰性。

    少しホッとしたが、ツアーのことを思った。

    検査結果が出るまでの時間は高校受験のアレに似ている。


    隔離期間が終わるのはツアーの直前。

    準備不足かもしれないが、気合いで決行する案もあった。

    でもそれは全員の体調が回復している前提の話。

    グループ通話で長い時間熱いミーティングが行われたが東京も延期することになった。

    この辛さを去年も味わった。

    でもその時もシンタロウが悪いわけではない。

    このコロナ禍にウンザリした思いから来る虚しさの方が強い。

    僕らはお客さんが歌う「Show me rainbow after the rain」を何年も聴いていない。

    あの曲はお客さんの声も含めて完成する。

    僕らは今コロナ禍ならではの完成を模索する。

    延期になってしまったがツアーを心から待っている。


    一応PCR検査は受けよう。

    するとまさかの僕以外が陽性。

    僕だけが陰性でなんだか申し訳ない気持ちになった。

    しかし遅れて僕も体調が悪くなり結局陽性。

    遠い昔にインフルエンザになったのを思い出す辛さ。

    あれは田園都市線の吊革にしがみついて立つのがやっとだった辛さ。

    でもそれよりもライブを延期したことでの心の方が辛かった。

    それを知らせるツイートをする時の親指が震える。

    ツイートボタンを押してしまった後は知らぬ間に眠っていた。

    びっしょり汗をかいて。


    夢を見た。

    自宅隔離が始まって何日目で今が何曜日かもわからない。

    ライブの夢を見た。

    何かの曲を演奏している。

    それがLEGOの曲なのかもわからないフワフワした夢だった。

    演奏が終わりMCの時間。

    そこはいつも通り僕の出番なようだ。

    一言目。

    吃音の症状が酷く、ひたすらに吃る。

    怪訝な表情をしたお客さんが一人、また一人と帰っていく。

    「待って!」

    と言おうにも吃音で声が出ない。

    人が減りライブハウスの床の柄が見えた。

    そこで目が覚めた。

    最悪な夢だ。

    ライブでかく汗とは違う粘度の汗は悪夢からなのか、コロナの熱のせいなのか。

    でも大丈夫。

    実際はLEGOのライブに来る人は吃音が出たからといって帰るような人ではない。

    もしかしてライブを延期したということも夢だったか?とスマホを触るが夢ではなく現実だった。

    吃音ではなくとも何とも言えない気持ちになった。


    しかしそのスマホには皆んなからのリプやメッセージ。

    応援が力になるという常套句はこちらが逆境にある時、その力は遺憾無く発揮される。

    モチベーションが上がった。

    おい、早くツアーをライブをやらせろ。

    感情が溢れ出して壊れそうだ。

    再メジャーデビューツアーの再スタートをここに宣言する。




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