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[#74] 何とも言えない 『いつかの家具屋』
『いつかの家具屋』
大きなベッドに二人で寝転んだ。
「靴のままお上がりください」と書いてあったが律儀に靴を脱ぐあの人のそういう所は好きだった。
実家のベッドが嘘みたいに寝心地の良いベッドをあの人も気に入ったみたいだ。
「じゃあ二人で暮らす時はこれにしよう」
そんな断言を不確かな未来に向けて自信満々で口にした。
あの人が今別の誰かと暮らしているという事実は、何だか行ったこともない海外の国を想像するようだった。
そういう僕もあの人と離れてから普通に息をして、食べて、働いて、恋をして、結婚して。
何だか都合の良い話をしている気分にもなるが思うくらい自由だとも思う。
嫉妬とか未練とかじゃない。
ただただ不思議な気分なのだ。
あれ?あの人は運命の人じゃなかったか?
という気持ちと。
あれ?あの人って誰だっけ?
という顔さえも出てこない気持ち。
「米だけは美味しく炊きたい」
そんな僕の戯言を「はいはい」と流しながらも選んでくれた炊飯器は少し高かった。
二人で暮らすにしても大きなダイニングテーブルを気に入っていたあの人と一緒に暮らすことはなかったけど、あの時間は愛おしかった。
二人で暮らすその先をも期待しているかのような大きさのテーブルには四脚の椅子がセットで売られていた。
東京、大阪、どこで暮らすのか。
犬、猫、何を飼うのか。
どんな間取りか。
家賃はいくらか。
具体的なことは考えず(あの人は頭がいいのでわざと考えなかったのかも)家具や家電という中身ばかり選んだ。
そのどれも買うことはなかったけど、お金にはかえられない楽しさがあった。
最後にもう一回あのベッド売り場に行こうとあの人が言った。
大きなベッドに二人で寝転んだ。
「靴のままお上がりください」と書いてあったが、また律儀に靴を脱ぐあの人は今元気なのだろうか。
並んで寝転ぶ僕らは家具屋さんの天井を見つめながら不確かな未来のことを話した。
そんな他愛もない未来にすら僕はあの人を連れて行くことが出来なかった。
あの人は当時からたまに吃る僕を不思議に思ったままだろうか。
僕は吃音症というものすら知らなかったから、その症状を説明できる術もなかった。
あぁこのコラムを読んでくれたりしないかな。
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