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[#69] 何とも言えない 『ファインダーを覗けば』
『ファインダーを覗けば』
「モデルの時はモテなかったけど、カメラマンになった途端にモテはじめたんだ」
彼は嫌味なくそう言った。
「モデルとカメラマンだったらカメラマンの方がイケメンは少ないんじゃない?」
そんなセリフも何故か嫌味がない。
大人の余裕だろうか。
デビュー当時僕は不思議な雰囲気を纏うカメラマンに遭遇した。
視線を外す。
ポケットに手を入れる。
腕を組む。
頭を触る。
足をクロスさせる。
以上で写真を撮られる際のポージングの引き出しは空っぽになる。
世の中のバンドマンの写真を見ると、このあたりのポーズが多いとは思う。
漏れなく僕もその中のバンドマンの一人だ。
デビュー当時なんて大体同じポーズになっていたことだろう。
それでも毎回違う写真になるのだからカメラマンさんの腕というのは凄いということなんだと思う。
楽器を持たせてもらえたら僕らはその辺の人よりは絵になる自信はある。
こればっかりはそう言わせてほしい。
ギターを担げば誰でもかっこいいわけではない。
しかしこの日は楽器やアンプのケースなどを周りに無造作に置き、レコーディングの合間を切り取った写真にしたいとのこと。
それを決めたのは今回の元モデルだというカメラマンさん。
僕よりも身長は高く、僕よりも鼻は高く、僕よりも良い服を着て、僕よりもオーラがあった。
撮る人と撮られる人逆じゃない?
レゴの全員が思ったに違いない。
「自由に動いてみて」
ファインダー越しにカメラマンにこれを言われてかっこよくポーズをとれるバンドマンはいるのだろうか。
いやプロなのだから見せ方、魅せ方は理解しておくべきだ。
しかしデビュー間もない僕らにこれを言ったところで元々ない引き出しをひっくり返す上、照れが全てを凌駕する。
なんとなく野暮ったい男が突っ立っている写真が出来上がる。
これを避けるべくカメラマンさんは色々と細かく指示してくれる人も多い。
これは大変助かる。
「かっこいいポーズを指示されて仕方なくしている」
という構図が出来上がるためである。
その免罪符のおかげで照れが影を潜めてくれるのだ。
スタジオの床に直に座る者、アンプのケースに座る者、マイクスタンドの横に佇む者。
色々と僕らの立ち位置を指示してくれた元モデルのカメラマンさんは見るからにノっている。
もしくは僕らをノせてくれようとしているのか。
まだ大阪の田舎から東京に撮影に来ている僕は「これがよく聞くキマっている」というやつだろうかと、とても失礼な感想を持った記憶がある。
(もちろんその方はキマってはいません)
何度も僕らの立ち位置を微調整しながら「いいねぇ」や「グーッド!」など呟く。
今思えばそんなセリフはこういう世界ではよくあるセリフなんだと思うが、まだ慣れていない僕らはいちいち笑いを堪えた。
「よーし、じゃあ本番行こうか」
僕らは笑うことをやめ、全力で思い思いの「かっこいい」をファインダーに向けた。
「いい写真」ってものは今も理解できていないかもしれないが、プロが撮ったものが僕のスマホで撮ったものとは明らかに違うことくらいはわかる。
シャッター音が小気味よく聞こえる。
合間に「いいねぇ」「グーッド!」という合いの手も聞こえる。
時折カメラマンからポーズの指示がある。
なんだかんだ色んなプロに写真を撮ってもらえるなんて幸せなことだと思う。
「よーし、じゃあ最後にしよう、最後のポーズは今皆んなの目の前には音符が浮かんでいると思うけど、それを拾い集めた表情をしてみて?」
どこかの外国語に聞こえたそのセリフは一応日本語だった。
しかしそれ以上は脳が追いつかなかった。
「今皆んなの目の前には音符が浮かんでいると思うけど、それを拾い集めた表情をしてみて?」
試されているのか?
大喜利なのだろうか?
もしくはメンバー三人には音符が見えていて、僕だけが見えていないのか?
色んなことを考えたが他の三人も名前のない絶妙な表情をしている。
よかった、彼らも音符は見えていない。
戸惑っている。
僕を含めた四人が。
その何とも言えない表情をファインダーから覗いたカメラマンはこう言ったのだ。
「グーッド!!!!!!」
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