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[#66] 何とも言えない 『何も出来ない』
『何も出来ない』
何とも言えないというこのコラム。
その無力感は「何も出来ない」みたいなことにも繋がる。
作詞家として言葉に出来ない、何とも言えないというのは自分の無力さを表しているからだ。
サウナには本当は毎日行きたい。
それはおじいちゃんになってからでもいいかと思いながらも結構な頻度で行く。
馴染みの街の銭湯は特に設備がいいわけではないが、近さと愛着だけで僕を繋ぎ止めている。
基本的には近所のおじさんやおじいちゃんが多いが、街の銭湯なので入れ墨がガッツリの人もたまにいる。
少し前にビールっ腹の男性の胸に「剛力」と大きく墨が入っているのを見てサウナで笑いを堪えるのに必死だった。
誰にも迷惑かけていないし、それを笑うなんて失礼なのだが僕はそのくらい性格が悪い。
ある日ロッカーで全裸になった瞬間「救急車!!」という声が聞こえた。
皆んなの視線を辿ると洗い場で男性が倒れている。
歳は五十手前くらいだろうか。
横たわっている男性は恐らく僕よりも身長が高くパッと見で体重は百キロを超えているのは確実だった。
全裸の僕は受付に助けを求めに行くことも出来ず狼狽えるのみ。
周りの人の話を聞くところによると、洗い場でフラフラしていた男性はそのまま気を失って倒れたらしい。
サウナ室に入るには専用の鍵が必要なのだが男性はその鍵は持っていなかったのでサウナで体調が急変したわけではなさそうだ。
頭に自分のタオルを敷いてあげるおじいちゃん。
バスタオルで体を覆う店主。
気を失ったままの男性に出来ることは少ない。
変に体を動かしていいのかわからないし、その男性の体の大きさはかなりのものだった。
当たり前だが店主以外は全員全裸で、全員が男性を心配している。
しかししてあげることがない。
ただただ救急車が一秒でも早く到着するのを祈るのみだ。
その誰もが全裸。
普段ならかなりの性格の悪さの僕なのだから笑ってしまうかもしれないが、流石の僕も全く笑えずにお湯に浸かった。
サウナ室から、浴槽から、着替えながら。
全員その横たわる男性を見ていた。
僕は少し体を温めた後、サウナ室から男性が見える位置に座った。
汗が噴き出す。
噴き出すからには十分以上サウナに居たことになる。
救急車はまだか。
怒りも湧き余計にのぼせそうだ。
きちんと汗を流し水風呂に入る。
気持ちがいい。
ここの水風呂はぬるいのが玉に瑕だが、それもまた良い。
しかしやはり整い切らない。
男性が気になって仕方ないのだ。
四人の隊員が狭い街の銭湯に担架を持ってやってきた。
素人目からも手際がいいことがわかる。
サウナ内にあるテレビを観る者はいなかった。
僕は二セット目のサウナに突入していた。
男性の頭にタオルを敷いてあげていたおじいちゃんは無事自分のタオルを回収できたろうか。
そんな心配をしながら汗が噴き出す。
男性と隊員は風のように去った。
何事もないことを祈る。
何事もなかったかのような銭湯。
僕は二セット目でようやく整うことができた。
体を拭き、髪はまだまだ濡れているがヘアゴムで一つのお団子にする。
こんなことをしているから僕の髪質は終わっているのだ。
受付でサウナの鍵を返すと、下駄箱の鍵をくれる。
僕はいつも二十五番だ。
「今日はご協力ありがとうございました」
店主がそう言ってくれた。
いや、僕は何も出来ていない。
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