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    [#63] 何とも言えない 『脱げ』

    KITSU

    2022/03/14 19:00

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    『脱げ』


    家族旅行なんていつぶりだろうか。

    旅行と言っても親戚の結婚式があるっていうだけだ。

    しかし会場が沖縄となれば色めき立つ気持ちは僕にもわかる。


    姪っ子たちと同じ精神年齢で東京で過ごす僕は空港で迷子になりそうだ。

    僕と姪っ子が手を繋いでいても二人で迷うので意味がない。

    那覇空港についても、ホテルについても、ご飯を食べても。

    たぶん姪っ子たちは僕のことを友達だと思っているんだろうなというスタンスは変わらない。

    親戚のおじさん感はない。

    ありがたいことだと思い込む。

    「ヒロキ」

    ずっと呼び捨てにされているし、ある程度成長した今現在も呼び捨てだから死ぬまでそうなんだろう。


    沖縄に三泊。

    家族四人で同じ部屋だ。

    この先の人生でこういうことはあるのだろうか。

    明日の式に備えて今日はホテルでゆっくりしよう。

    コンビニで買った泡盛をホテルの氷で割って飲む。

    「大浴場そろそろ閉まるから行こか」

    オトンが必要以上にでかい声で言う。

    ちょうど泡盛を入れたタイミングで言われたものだから後で行くわと言った。


    結婚式はアロハでも大丈夫なラフな式で僕は上はジャケットを羽織ったが下は短パンで出席した。

    それをまた姪っ子たちに笑われた。

    沖縄の天気も祝福しすぎているのか、太陽は花嫁の肌を焼いた。

    幸せを分けてもらいながら式から夜までずっとアルコールを摂取していた。

    田中家の人たちはお酒をあまり飲まない。

    昨日買った泡盛の瓶は僕が飲んだ分しか減っていなかった。

    残波岬を眺めるホテル。

    今日はベランダで飲んでみようと一人、ベランダで酒をすする。

    風は緩く、常に海の匂いを運んでいる。

    東京では嗅げない匂いだ。

    部屋には気付けば誰もいなくて恐らく大浴場に行ったのだろう。

    明日は皆んなで水族館に行くらしい。

    ジンベイザメが楽しみだ。


    入り口の前にはジンベイザメの顔がくり抜かれた顔ハメパネルが置かれていた。

    子供たちが記念撮影している。

    その顔ハメパネルに顔を入れていた大人は周りを見ても僕とオトンだけだった。

    水族館のイルカは恐らく僕よりも賢く、沖縄の空は僕と同じくらい青かった。


    明日沖縄を離れるのだからボトルの泡盛を余らせても仕方ない。

    沖縄最後の夜。

    ベランダから見える向かい側のホテルは部屋の明かりで「ZANPA」という文字を作っていた。

    家族四人で同じ部屋で寝るのも今日が人生で最後なのかもしれない。

    愛犬のワカメは近所の親戚の家に預けている。

    「ほな最後の大浴場行くかぁ!」

    オトンが最終日ということで一層大きな声で言った。

    無意味に感傷的になっている僕は皆んなで風呂に行く気にもなれず泡盛をグラスに注いだ。

    「今酒入れたばっかりやから飲んだら行くわぁ」


    あれから結局何杯か飲み泡盛のボトルは無事空いた。

    三泊目ともなると大浴場が閉まる直前は誰もいなくて貸切状態になることも何となくわかっていた。

    皆んなとは時間をずらしゆったり大浴場に入れるのも今日が最後か。

    するとオトンが大浴場から今までよりも早く部屋に帰ってきた。

    扉を開けながら何か言っている。

    「おい、ヒロキ!どこや!」

    僕は彼が風呂に行く前から酒を飲んでいたソファから動いていない。

    「ん?どしたん?」

    血相を変えているオトンは僕の返事など聞いていない。

    「脱げ」

    突如それだけを言うオトンの顔は真剣で何故かちょっとキレている。

    「なんで脱がなあかんねん」

    と言いながらもオトンの怖さを知っている僕も文句を言いながらTシャツも捲り上げていた。

    次の瞬間オトンはビックリすることを言う。

    「お前この旅で絶対に一緒に風呂入らんかったけど入れ墨入れたやろ!!!」

    これにはもう笑ってしまいまして。

    僕は服を脱ぐスピードを上げた。

    大笑いながらすぐに産まれたままの姿になった僕。

    僕の体を隈なくチェックしたオトンからは誤認逮捕してしまった警察官の悲壮感が漂っていた。

    そんな警察官を直接見たことはないが。


    「薬と入れ墨したら殺す」

    音楽の道に進むにあたってオトンから言われたことはこれだけだ。

    薬は全く興味もないが、入れ墨に興味を抱くことは今でもある。

    そんな時にいつもオトンの顔が浮かぶ。

    「あぁこの勢いで墨を入れたら俺は実の父親に殺されるのか」

    そして殺されるのも嫌だし、サウナに入れなくなるのも嫌だからやめとこ。

    ってな具合で今日まで至る。

    オトンが死んだら入れてみようかしら。

    なんて思うけど、霊になってでも殺しにきそうなので悩む。




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