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    [#61] 何とも言えない 『洗濯物入れといて』

    KITSU

    2022/02/28 19:00

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    『洗濯物入れといて』


    天気アプリによって降水確率が変わるのは勘弁願いたい。

    一人暮らしの時は常に部屋干しだったので洗濯が天気の影響を受けたことはない。

    あんなカビ臭いところで何年も暮らしていた僕はそれなりの抵抗力をゲットできているのかもしれない。


    LEGOの曲の歌詞には太陽や雨や天気にまつわる言葉がよく出てくる。

    自分で書いているのだが、特に意識したことはない。

    天気や季節が移り行くこの日本に産まれ、日本語で歌詞を書く上で避けられないトピックなのだろう。

    晴れたらこれをしよう。

    雨が降ったらこれをしよう。

    天気は僕らの行動を、生活を、人生を左右する。


    幼い頃、土曜日。

    大阪の実家では近所のおっちゃんおばちゃんが集まった飲み会。

    陽気になっていく大人の姿も、ビールの苦味も、甘くなく味のないソーダがあるのもその時に知った。

    「そろそろヒロキ寝えや」

    これを言われるのが嫌で眠い素振りを見せるまいとその輪に幼い体をねじ込んだ。

    普段隠しているヘソクリおつまみをどこからともなく出してくるオトン。

    おにぎりせんべい、歌舞伎揚、カレーせんべい。

    今思うとどんだけ煎餅好きやねんと思うのだが、それを大人たちがあまりに美味そうに食べるもんだから、僕はそれを頬張ってはジュースで流し込んだ。

    そこにいつもオトンとは幼稚園からの幼馴染だという松原のおっちゃんという人がいた。

    その綺麗な奥さんもいつも一緒だ。

    彼らはチャリでうちに来てはほろ酔いで帰っていく。

    そのおっちゃんの雰囲気はほんわか柔らかく、幼い僕でもその空気感を理解できるほど優しいおっちゃんだった。

    それと同時に幼い僕でもなんとなくわかるほど、天然なおっちゃんだった。

    幼い僕はまだ天然という言葉は知らずに、その感覚に名前をつけることはできないでいた。


    仕事中に降るはずのなかった雨を目にした。

    リアクションを取るまでもないが膝をつきそうになるほど愕然とした思いだ。

    二日間くらい家を空け、帰宅時にエアコンを消し忘れていた時も実際玄関で膝をついたことがある。

    あの頃よりは少しは強くなっているので膝こそつきはしないがベランダに干しっぱなしの洗濯物を想った。


    「洗濯物入れといて」

    家にいるはずの松原のおっちゃんに奥さんが電話をした。

    亭主関白の時代なら男は雨をわかっていても洗濯物を取り込まなかったのだろうか。

    しかし今はそんな時代ではない。

    おっちゃんは言われた通りベランダに出た。

    優しい人なのだ。


    奥さんが家に帰るとまだ畳まれてはいなかったが頼んだ通り洗濯物の山があった。

    「取り込んでくれてありがとう」

    奥さんはそう言おうとした時、ベランダを見て言葉を失った。

    「私の服だけ雨ざらし」

    脳では見た景色がそのまま文章になる。

    おっちゃんは自分の服だけ取り込んでいたのだ。

    何故か。

    それは本人に聞いてもわからないらしい。

    天然の人に理由などないのだ。


    これを知ったのは正月に実家に帰った時オカンから聞いた。

    僕に話すオカンも笑いながらも、でもあのおっちゃんなら有り得るというスタンスで話す。

    それを聞いた僕も笑いながらも、驚きや軽蔑の気持ちはない。

    あの人なら有り得る。

    彼は自分の服だけ取り込んで奥さんの服は濡れてしまえばいいなんてこれっぽちも思っていないはずだ。

    たぶんそうなった理由を彼に聞いても「ぼーっとしてたわ」と満面の笑みで答えてくれると思う。

    また洗って干せばいい。

    取り返しのつく失敗なんて人生において失敗ではない。

    僕は最近そう思うのです。




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