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    [#58] 何とも言えない 『ワカメ(前編)』

    KITSU

    2022/02/07 19:00

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    『ワカメ(前編)』


    近所の家に子犬が産まれた。

    小さい頃から犬を飼いたいとお願いしてはダメだと言われ続けてもう大学生にもなる。

    ハムスター、インコは飼ってくれたが、一番飼いたかった犬はどうしてもダメらしい。

    「見に来るだけでもいいからおいで。可愛いでぇ。」

    その家の主人は僕の気持ちを知ってか、うちの親に甘い言葉をかけてくれる。


    オカンの布団で一緒に寝るのがワカメのスタイル。

    しかしオカンは家族で誰よりも早く起きるので、寝床を無くしたワカメは隣のオトンの布団に潜り込む。

    それでもオトンも朝は遅くはないため、またワカメは寝床を無くす。

    ここでやっと僕の布団に来てくれる。

    これだけでワカメの中での家族の順位みたいなものがわかってもらえると思う。

    わざわざ僕の部屋の扉を爪でカリカリして僕を起こす。

    扉さえ開けてやるとベッドに飛び乗ってくる。

    ワカメは僕の股の間に乗って三度寝を決め込む。

    あの暖かさと肌触りが好きだ。

    好き過ぎるのだ。


    大袈裟ではなく、手の甲ほどの大きさのチワワが五匹。

    それぞれ毛色が違って、産まれたばかりでもこうして個性はあるんだなと思った。

    さすがに両親も表情が緩みまくりで、可愛い可愛いと当たり前のことを繰り返す。

    これはもう飼う方向になるだろう。

    僕は心の中で勝訴の紙を広げた。

    両親も僕と弟がそれなりに大きくなり、できた余裕からその想いに傾いている気がした。

    その中で理由なんてなく、思いつきでしかなく。

    僕はワカメを選んだ。

    もちろんまだワカメという名前はない。

    僕が決めてしまえば両親も覚悟ができると思ったからだ。

    その子は茶色の体に両前足だけ白い靴下を履いたようで、まだ耳は倒れていた。


    漫画「タッチ」が好きだ。

    というかあだち充が好きだ。

    彼の漫画に出てくる犬の名前は「パンチ」

    そこから取ろうかとも思ったが、「パンチ」はなんだか男の子っぽくてうちの子は可憐な女の子なんだからと諦めた。

    しかしその「パンチ」に少し女性的な要素を足した「パンティ」という名前を思いついた。

    かなり気に入っていたのだが、散歩など外でうちのオトンが我が犬を呼ぶ時に「パンティ!パンティ!」と叫ぶ姿を想像すると逮捕されてしまう可能性があると思いやめた。

    そんな漫画やアニメから名前をつける頭にシフトしていた時、食卓で特に誰も見ていないテレビではサザエさんが終わろうとしている。

    田中家の皆んなはサザエさんの内容は見ていなくても、そんな会話をしていなくても最後のじゃんけんのコーナーになると無言でサザエさんよりも先にグーやらチョキやらを出す。

    その日サザエさんにじゃんけんで勝てたかは覚えていないが、そこで僕の中であの子の名前は「ワカメ」と決まった。

    サザエさんのようにさん付けではない、ワカメちゃんのようなちゃん付けがこの子に似合う。

    そしてこの国民的アニメのようにたくさんの人に愛してもらって欲しい。


    彼女は散歩先の公園ではお姫様で色んな人にチヤホヤされて、これがもし人間だったら将来心配になるレベルだったに違いない。

    百八十センチ以上の大男が小さいチワワを散歩させてるだけで面白いし、遠目でも横に小さい犬がいるとうちのオトンだと認識できた。

    僕が東京に行ってからも両親は散歩は欠かさず、それなりの年になった両親をワカメが散歩に連れ出してくれているようにも見えた。

    ワカメが田中家にもたらした物は計り知れない。


    今でもたまに大阪に帰ると朝方、僕の部屋の扉を爪でカリカリする。

    扉を開けるだけではダメだ。

    今ではワカメは自分で僕のベッドに飛び込めないのだ。

    こんな高さ昔はひとっ飛びだったのに。

    僕は眠い目を擦りながら痩せ細ったワカメを片手でひょいと持ち上げ、僕の股の間に乗せてやる。

    片目はもうあまり見えていない。

    それでも迷わず部屋を開けてくれとカリカリする扉の向こうのワカメを想像するだけで泣けてくる。

    もうワカメはフネさんよりも年上なのかもしれない。


    LEGOのグッズはいつもシンタローが先頭に立ち決まっていく。

    今回のデザインはワカメで行きたいとのこと。

    「田中家にギャラは発生するんやろな?」

    という僕のボケが流されたが、可愛いイラストになったワカメのグッズはお客さんに好評で田中家には宝となった。

    忘れらんねえよの柴田さんとのユニット「タカヒロキ」のCDジャケットデザイン。

    これも柴田さんがワカメちゃんが良いと言い、ワカメが採用された。

    なんなら彼らのアルバムのジャケットにもワカメがいる。(これに至っては無許可)

    これらも好評だった。

    我が家のお姫様はLEGOや忘れらんねえよを経由し、皆さんの手元まで辿り着いた。

    本家ワカメちゃんには及ばないけど、国民的とは言えないけど、しかし確実に顔も名前も知らない誰かに愛してもらっている。

    こんな犬ってそんなにいないと思う。

    ワカメを誇らしく思う。

    それと同時に世界中の犬の中で贔屓目なしで一番可愛い犬はワカメだ。

    異論は認める!




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