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[#59] 何とも言えない 『ワカメ(後編)』
『ワカメ(後編)』
先週のコラムを書いていた頃、ワカメは肺に病気を抱えた生活を送っていた。
今までは実家に帰ると体が飛んでいきそうなほど尻尾をフルスイングして待ってくれていたが、最近ではベッドから目線をくれる程度だった。
もう視力はほぼなかったのかもしれないが、一応「あぁお前か」くらいの反応はしてくれる。
よくお腹を出して撫でろというポーズをとっていたが、肺を患い咳が出るようになってからはその仰向けのポーズはなくなった。
親からの着信に怯えるようになった。
ワカメに何かあったんじゃないかと思うからだ。
ある日「今日奇跡を信じて入院させるか、最後の時間を家で過ごすか」という選択を迫られた親からの電話があった。
東京の僕は無力で、ただただワカメが辛くない方を選んであげてくれとしか言えなかった。
入院すると酸素濃度が高い部屋に入れてくれるらしく、少しはワカメが楽なのかと思ったからだ。
その時のワカメは先生曰く「水中で溺れている」くらいの苦しさだったらしい。
翌日目覚めた時に携帯を触るのだ怖かった。
最悪の連絡が入っているんじゃないかと、そーっと携帯を見たのを覚えている。
連絡はその日の昼にあった。
「何とか持ち直したみたい!」
奇跡が起きた。
いやワカメが自分で奇跡を起こしたのだ。
しかしその頃から僕は本当の意味での覚悟をしたのだ。
当たり前のことなのだが、生き物はいつか死ぬ。
それが遠くない未来にやってくること。
還暦を過ぎた両親とワカメ。
子供も巣立ち、大きくはないがそれなりの一軒家に二人と一匹が暮らす家。
毎日朝と夕方の散歩を欠かさない両親。
ワカメが彼らの運動不足を解消してくれている。
いつかやってくる悲しみと同時にもしワカメがいなくなった時の両親を心配する気持ちも生まれてきた。
彼らの身体はもちろん心の部分も。
弟とたまに話し合うようになったが東京の僕は結局地元にいる弟に頼らざるを得ない。
一月二十六日。
次の日が大阪でライブなので前日に大阪に入り実家で寝る。
正月も会えたが、またワカメに会えることが嬉しかった。
その三日前の一月二十三日。
携帯が鳴る。
画面は親からの着信が。
胸に激痛が走る。
嫌な予感しかしないのだ。
「ワカメが三日間何も食べないし、オシッコもしない」
覚悟という岩が一層固くなった。
「わかった」
それしか言えずに電話を切り泣いた。
数日後には大阪に行くのに、その時にはワカメはもういないかもしれない。
ワカメがいない実家に帰ることになるかもしれない。
信じられない景色だが、それを事前に頭の中でシュミレーションしておいた。
自分のためだ。
「野菜のスープ飲んで、オシッコしたよ」
そんな連絡にまた泣いた。
一月二十六日に東京から大阪に走る。
あれから少し安定したのだ。
何とかご飯を食べて、実家に帰る僕を待ってくれていたのだと心から信じている。
ほとんど寝ているか咳き込んでいるので直接会ったところで僕は無力なのは変わりない。
しかしずっと温かい背中をさすってやると安心したように眠ってくれた。
まだ手のひらに乗る大きさだった赤ちゃんのワカメ。
ドッグフードはまだ食べられないのでお湯でふやかして口に持っていく。
それを一日の中で定期的にやらなければならず当時の僕は大学を休みまくっていた。
そのおかげで単位がギリギリだったなんて言うとワカメに怒られるかもしれない。
年老いたワカメを見ると何故かその頃を思い出す。
柔らかく煮た野菜をほぐして口に持っていくオカンの姿を見てあの頃を重ねた。
一月二十七日。
大阪BIG CATでライブだ。
家を出るまでワカメのそばにいた。
「ライブ頑張ってくるからね」
僕は背中を撫でながらこれが最後になるかもしれないと思った。
でもそれはこの一年の間、別れ際に常に思っていたことだ。
二月二日の夕方。
オトンからの電話。
ワカメが天国に逝った。
覚悟なんて一瞬で砕け散り、東京の道で涙を流した。
しかしおっさんが道で号泣するわけにもいかず家までの帰路は奥歯が欠けるほど歯を食いしばり我慢したが、家に着いた途端に玄関でアウターも脱がずマスクも取らず泣き崩れた。
こんな恥ずかしいこと書きたくないが、もうそれは仕方ない。
僕のSNS、LEGOBIGMORLのグッズ、タカヒロキのCD、忘れらんねえよのCDとグッズとLINEスタンプ(無許可)などとこんなにたくさんの人に可愛がってもらえたチワワがいるだろうか。
ワカメは幸せ者でした。
これを読んでくれているあなたのおかげです。
本当にありがとう。
今はワカメを最後まで看取った両親に感謝し、その両親の心配をしています。
そして何よりワカメには感謝してもしきれません。
数えきれない幸せをありがとう。
今これを書くのにもかなりの時間を要している。
泣いて泣いて進まないからだ。
しかし文章を書く仕事をしている自分としてはこれを書きながら心の整理ができていっているのも事実。
乱文をお許しください。
ワカメありがとう。
ワカメ愛してるよ。
追伸
ワカちゃん、よく考えたら今日バレンタインデーやん。
チョコなんていらんから最後に会いたいよ。
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