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[#54] 何とも言えない 『吃音の僕よりも』
『吃音の僕よりも』
簡単には鳥は人の言葉を話さない。
「こんにちわ」くらいの言葉を話してくれると期待もして飼ったインコはピーピー鳴いていただけだった。
死んだ父方のじいちゃんも鳥が好きだった。
そして僕が生まれる前の話らしいが、母方の実家でも鳥を飼っていたらしい。
種類はオウム。
小さい頃、吃音だった記憶がない。
吃音の人のあるあるでよくあるのが、小学校の国語の授業で本読みに苦しんだというもの。
しかし僕はそんな記憶がない。
恐らく僕は高校~大学にかけて吃音の症状が出始めたのだと思う。
今まで言えていた言葉が出なくなることにおかしいな、おかしいな。
そんな思いだけで過ごしていた。
ばあちゃんが教えてくれた。
「昔オウム飼っててんで」
僕にはもうばあちゃんは一人しかいない。
このばあちゃんも、死んでしまったばあちゃんもどちらもとてもよく笑う。
僕もおじいちゃんになった時にあんなに笑顔が溢れる人間でいたい。
それにしてもオウムの話をしているばあちゃんはよく笑う。
いや笑いすぎだというほど笑う。
それは何かを思い出しながら笑っている様子だ。
「なんでそんなに笑てんの?」
そう聞く僕にばあちゃんが言った。
「そのオウムが上手に喋るねん!」
喋れない自分を想像してみてほしい。
例えば僕は名前の「タナカ」が言えないのだが。
これを読んでくれているあなたがもしご自身の名前を言えないとしたら。
例えば「あ行」が苦手な吃音者は多い。
もし「ありがとう」「いただきます」「おはよう」「おやすみ」が言えないとしたら。
言いたくても言えない。
しかし言えない人を怪訝な表情で見ないでほしい。
知らなければ不思議に思う気持ちはわかる。
なのでこれで知ってほしい。
吃音とは「おかしな態度、失礼な態度をとってしまう可能性があるもの」だと。
名前、お礼、挨拶が言えない可能性がある。
でも無愛想にしているわけではない。
僕はKITSUを始める時にばあちゃんのオウムの話を思い出していた。
昔、まだ僕のオカンが学生の時。
そのオウムは飼われていたらしい。
毎朝、寝坊気味のうちのオカンを起こす若い頃のばあちゃん。
僕が物心ついた頃には毎朝きっちり起きていたオカンなので、今では信じられない。
「慶子!!!早く起き!!!学校遅れるで!!!」」
ばあちゃんが叫ぶ。
それを毎朝聞いていたオウムがある日。
「ケイコ!!!ハヤクオキ!!!ガッコウオクレルデ!!!」
と連呼しだしたらしい。
ばあちゃんはこの話を思い出しながら涙を流すほど笑っていた。
確かに面白い。
しかしその話を聞いたのは僕が自分の発生の異変に気づき始めた頃のこと。
僕は笑っている家族の中、面白さとオウムよりも話せない自分への落胆。
その間で揺れまくり名前のない感情、表情になっていたことだと思う。
でもばあちゃんの笑顔が好きだった。
揺れに揺れた僕の感情は楽しいに軍配が上がった。
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