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[#49] 何とも言えない 『お腹痛いの代わってあげたい』
『お腹痛いの代わってあげたい』
お腹が弱すぎる。
男性あるあるとよく聞く。
小学校の時はとにかく夏になると毎日お腹を下した。
理由は容易に想像がつく。
冷たいものをガブ飲みするからだ。
でも夏にそれを止めろという方が酷な話で。
でも小学生男子というのはトイレの個室に入るだけでイジられる。
だから夏の学校での毎日が憂鬱で仕方がなかった。
朝は何故かまだ起きなくて良い時間に起こされる。
オトンが朝食をとる時間に合わせて子供たちも食べないといけないのだ。
今思うとなんだそのルールは!と思うのだが、それが当たり前の環境で育った僕と弟は眠い目を擦りながら一緒にパンを食べる。
テレビがおはよう朝日ですを垂れ流す。
関西の朝は宮根誠司とおきた君と相場は決まっているのだ。
そのテレビをなるべく見ないように、なるべく目を開けないで朝食を口に運ぶ。
何故ならすんなりと二度寝がしたいからだ。
まだ小学校低学年の僕にとってはその二度寝がたまらなく愛おしい時間であった。
その二度寝とは二階の自分のベッドに戻るのではなく、一階の和室にそっと入り、ばあちゃんの布団に潜り込む。
一時間くらいそこで寝るのが幼い頃の僕のモーニングルーティーン。
ばあちゃんは起きていて、ソッと僕が入りやすいように布団をめくってくれる。
学校から帰ると僕はランドセルを放り投げトイレに籠る。
下校の途中からお腹の痛みは限界を迎えていた。
走れば爆発、歩けばタイムオーバー。
競歩に目覚めてもおかしくないスピードで歩いて帰ったのだ。
家にはじいちゃんとばあちゃん。
まだ両親は仕事から帰っていない。
トイレから出ると台所の机にはビオフェルミンが置かれてあった。
ばあちゃんだ。
もうお腹は治って、そのままビオフェルミンをボリボリとラムネ感覚で食べながら、ばあちゃんと一緒に水戸黄門を観る。
いつも同じオチなのに印籠が出ると「ほえ~」と驚くばあちゃんが可愛かった。
「お腹痛いの代わってあげたいね~」
ばあちゃんが僕に言った。
僕が水戸黄門にうっかり八兵衛が出てきて喜んでいるところだった。
「そんなん無理やん」
と水戸黄門から目を離さずに僕が言うと、ばあちゃんはそりゃそうやね~と声を出して笑った。
でももし本当にこの痛みがばあちゃんの方に行ってしまったら僕は楽にはなる。
しかし痛みに苦しむばあちゃんを見たいわけがなかった。
そんな空想をしているうちに気付けばテレビでは格さんが印籠を出しているところだ。
ばあちゃんはいつも通り「ほえ~」とクライマックスを楽しんでいた。
先日うちの猫が口を気にする仕草をしていた。
痛いのか、痒いのか。
病院に連れて行っても原因はわからず。
見えないところに炎症でもあるのかと一応薬を貰って帰る。
雨が降る中、猫が入ったゲージを持ちタクシーを拾う。
ずっと泣き叫ぶ猫。
かわいそうに。
タクシーの窓には雨の水滴。
水滴の奥にある景色を見ながら、口の炎症なんて僕が代わってあげたいと思った。
その瞬間にばあちゃんの顔が脳に映された。
あ、このセリフなんか聞いたことあるってな具合に。
もう何年も前に死んでしまった大阪の田舎のばあちゃんと東京のど真ん中で会えた気がして嬉しい反面、ばあちゃんは大阪の羽曳野から出ることなく死んでいったのかと切ない気持ちにもなった。
田中家の一族(一族ってほどのものじゃない)は地元に留まり、遠く離れた大都会東京で仕事をするのは僕だけだ。
そんな田中家の彼らは言葉こそそれぞれではあるもののよく「金あんのか?」「仕事大丈夫か?」「ご飯食べれてんのか?」
みたいなことを言ってくる。
ミュージシャンというものがどのような生活をしているのか理解しろって方が難しいので、だいたい「大丈夫」と答える。
彼らにとってはいつまでも僕はよくお腹を壊す、頼りないヒロキなのだ。
その心配の言葉が全て僕にはばあちゃんがよく言っていた「お腹痛いの代わってあげたい」に聞こえる。
痛みだけじゃない。
辛いこと、しんどいこと、悲しいこと。
東京で起こる嫌なこと全部代わってあげたい。
ばあちゃんのDNAは脈々と僕にも親戚一同にも受け継がれている。
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