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[#270] 何とも言えない 『歌詞とは、コラムとは、小説とは』
『歌詞とは、コラムとは、小説とは』
毎日何かしらの文章を書いている。
ギターを弾かない日もあるのに。
これはダメだ。
ツアー前なので最近はさすがに弾いているが。
でも僕はギタリストではあるが、作詞家なのだ。
どちらも胸を張れる職業なのだが。
僕はあくまで“LEGO BIG MORL”のギタリストなのだ。
どこでもギターを弾けるような自信はない。
LEGOだからギタリストをやらせてもらっていると心から思っている。
暴れてミスるギタリストを許してくれるのはLEGOくらいだ。(許してもらっているのかもわからんが)
しかし作詞家としてはどうだ。
かれこれもう何十曲という歌詞を他所様に提供させていただいている。
もちろん作詞において得意不得意のジャンルはあるものの、なんとかお客様に聴いてもらえるだけのクオリティにして商品として納品されている。
しかしそれらはすべて音楽やメロディに対して、助け助けられの関係性。
歌詞とは“詩”ではないと肝に銘じながら書き続けて20年。
音楽の都合で削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた歌詞は日本刀のように美しい。
この文章を読んでくれているということは僕のコラムを読んでくれているということですよね?
いつもありがとう。
え?今日更新されたこのコラムが初めてですか?
それは初めまして、ゆっくりしていってください。
ただの日記にならないように僕だからこそ書ける日本語を意識して書いているつもりです。
それは吃音症という発話障害がある僕にとって、吃ることなくソファにいるあなたの横に座り“今日こんなことがあってさ”と話し出すイメージ。
日常の温度感がそこにあってほしいと常々思っている。
ソファで同じ方向を見て、たわいもない話をし、淹れた熱々のコーヒーがぬるくなっていく。
そんなコラムは特別ではないけど確かにある名前のない日々のように愛おしい。
小説を連載しているんです。
知ってますか?
え?知らない?
monogatary.comという小説サイトにて公式連載されているのに知らない?
良かったらぜひ読んでください。
自伝ではないのですが、自伝みたいに見えてしまう内容でもあるとは思います。
吃音のバンドマンの話なので。
でもここは実話です、ここはフィクションですとか説明するのはとても野暮だし。
実在する誰かに登場人物が重なることだってあったりなかったりするでしょう。
何より読み物として面白ければいいと思って、書いている間はひたすら文字という深海に潜った。
メロディも、文字数制限もないその海は広すぎる。
上も下も、右も左もない自由な空間で“泳ぎ回れてしまう”
ドラマチックという激流が思いも寄らない場所へ物語を運ぶ。
ドラマチックな出来事なんて僕の人生であったろうか?
ドラマチックな出来事なんて創造できるだろうか?
不安だったがそれは確かにあって、それを創造するだけの筋力はあった。
泳ぎ疲れた先で小説を客観的に見るとハリーポッターや広辞苑みたいな文字数になっていた。
これは読者も疲れちゃう。
なんとかする作業を今しているところです。
ドラマチックなことは人生でまだ起こる。
これからもあるのかもしれない。
それは歌詞を一生懸命研いで、コラムのような日常をくぐり抜けたらご褒美のようにたまに巡り合えるもの。
今週小説に関して新たなとんでもないご報告があります。
震えて待て。
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支援金の一部は、吃音症で苦しむ方々のNPO法人へ寄付されます。
