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[#45] 何とも言えない 『Tシャツ』
『Tシャツ』
もし両手に買ったばかりのお気に入りのガラスのコップを持って歩いていたとする。
そしてすぐ側で自分の大事な人が車に轢かれそうになっていたとしよう。
そんな時僕はそのガラスのコップを放り投げて、その大事な人を助けることができるだろうか。
イメージする。
その時の自分を。
僕は心配しながらも、そのガラスのコップをそっと地面に置いてからその人を助けるかもしれない。
そんなことを想像してしまった。
そして自分にドン引きした。
姪っ子が駒なしで自転車に乗れるようになった。
甥っ子姪っ子が総勢六人いるのだが、もれなく全員僕をヒロキと呼び捨てだ。
僕はそれまで彼女が乗っていたもっと小さいピンクの自転車に無理やり跨り追いかける。
マリオカートのドンキーコングみたいに車体よりも運転手の図体がデカくてはみ出て状況だ。
そんな僕を見て彼女は言った。
「ヒロキ!競争しよ!」
小さい頃は常にどこかしら擦りむいて絆創膏を貼っていた。
砂がついた傷口を水で洗い流し、またサッカーボールを追いかけた。
子供ってのは怪我をして強くなる。
みたいな根性論は好きではないが。
でも事実として怪我は付き物なのだろう。
だとしても僕はおっちょこちょいを通り越し、人よりも多くの血を流し骨折や捻挫を繰り返した。
ここって時に怪我をするのだ。
ドンキーコングはスタートが遅い。
重量の問題だろうか。
ピーチ姫は軽快にスタートしスカートが揺れる。
ペダルを漕ぎタイヤが回るだけで姪っ子の成長を感じる。
しかし競争はすぐ終わることになる。
ペダルから足を踏み外した姪っ子は自転車から落ちたがハンドルから手を離さず、走り続ける自転車に引きづられた。
その間ずっと彼女の足はアスファルトに擦られている。
ドンキーコングのおっさんは後方からそれを眺めることしかできず呆気に取られた。
ガシャン!!とやっと自転車は倒れてくれ姪っ子は止まることができたが、膝からは血が流れている。
僕は駆け寄り彼女を抱き抱え、自宅に走った。
自宅の近くで遊んでいたので、あとは彼女のお母さんが処置してくれたが僕は申し訳なさでいっぱいになった。
一緒に遊んで怪我をさせてどうする。
お風呂で膝をお母さんに洗ってもらう彼女の泣き声だけが聞こえる。
膝と同じくらい僕の心が痛い。
いや彼女の膝の方が痛いだろう。
でも血が流れるほどの心の痛みであったことは間違いない。
目を腫らし絆創膏を何枚も貼る彼女を見れない。
嫌われたかなと思いながら一定の距離を保つ。
そこでやっと少し落ち着いた彼女のお母さんが僕に言った。
「ちょっと!ヒロキの白いTシャツ血だらけやん!!」
ふと自分の胸元を見ると姪っ子の血が僕のお気に入りの白いTシャツを染めていた。
「よかった」
と心から思った。
僕はガラスのコップを放り投げて、大事な人のために行動できたのだ。
血だらけの彼女を抱き抱えた時に服に血がついたのだろう。
でもその時はそんなことは気にならなかったし、今後悔もない。
そんな自分に少し安心したのだ。
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