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    [#44] 何とも言えない 『無視(僕のことなんて覚えていないだろうから)』

    KITSU

    2021/11/01 19:00

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    『無視(僕のことなんて覚えていないだろうから)』


    バンドなんて3,4人もいるのだから一気に挨拶しても、どうせ覚えてもらっているのはボーカルくらいだ。

    と言い聞かせ、割り切り、過ごしてきた。

    その上うちのバンドはボーカルが超高身長の天然さん、ドラムは覚えやすいフォルムで見た目のままの大ちゃんというあだ名、そしてベースはレフティ。

    一方僕はちょっと高身長でデブでもなくギターは右利き。

    そして名前はまさかの「タナカ」

    何て平凡な。

    しかもそのタナカすら吃音で言えない。

    「LEGOBIGMORLです!よろしくお願いします!」

    なんて先輩バンドに挨拶しても僕個人を覚えてもらうのは至難の業。

    実際僕も挨拶してもらった後輩バンドの顔を全員覚えているかと言われれば自信は無い。


    よっぽど深く話したことがない限り、自分から馴れ馴れしく行くことはない。

    基本忘れられているというスタンスで顔色を伺う。


    初めて会う、もしくは久しぶりに会う。

    となると人は誰もが名乗らなければならない。

    「タナカ」が言えない僕は自分の吃音が出ないかと常にヒヤヒヤしている。

    「はじめまして、タナカです」

    スムーズに言えた!!!!

    となると、その嬉しさとそこに行き着くまでの辛さで汗をかく。

    そうこうしていると相手は名乗り終えていて、名前を聞き逃していることがよくある。

    馬鹿みたいな話だが本当だ。


    「はじめまして、タタタタタタタ、タナカです」

    きっちりと吃音の症状が出ることも多い。

    となると、恥ずかしさとそこからどう取り繕うかを必死で考え汗でビショビショになる。

    そうこうしていると相手は名乗り終えていて、名前を聞き逃していることがよくある。


    つまり僕は人の顔は覚えている方だが、名前を覚えられない。

    覚えられないというか、聞いていないことが多い。

    これは僕の中にある大きな問題なのだ。


    六本木にそびえ立つヒルズ。

    エレベーターは三半規管に効く速度で上へ上へと僕を連れていく。

    こんな所で仕事をしていると勘違いしそうになる。

    今日はラジオに二十分ほどゲストで出る。

    それだけだ。

    勘違いしている場合ではない。

    ラジオ局のフロアには大人がたくさん働いている。

    僕より年下の大人もいることだろう。

    私服でバリバリ働く人たちは僕に東京を映し出す。

    僕の前にゲストの方がブースで新曲の話をしている。

    Nothing’s Carved In Stoneの生方さんだ。

    ELLEGARDENのギタリストでもある。

    まぁこんな説明はいらないくらい有名な人だ。

    以前に何十人も参加したギタリストだけが集まる飲み会で挨拶だけしたなと思い出した。


    ラジオ局の廊下はなんだかお洒落で居心地が悪くなってしまう。

    でもそこから見える東京タワーは好きだった。

    生方さんが出番を終え帰っていく。

    すれ違わなければならない。

    無視を決め込もう。

    どうせ僕のことなんて覚えていないだろうし、覚えているふりをさせるのも申し訳ない。

    近づくにつれ生方さんのオーラみたいなものに押される。

    オーラなんて言わなくてもいい。

    ただただカッコいい男なのだ。

    頑張ってすれ違う。

    「おー!久しぶり!」


    僕の後ろに居た人と知り合いなのだろうか。

    いや、僕の後ろには誰もいない。

    彼の目線は僕の瞳に向けられている。

    カッコいい。

    「え?覚えてらっしゃいます?」

    僕はこれを言うのが精一杯だった。

    「そりゃ覚えてるよ!」

    そう言いながら僕の肩をポンと叩く。

    「僕のことなんて覚えてないだろうなと思って無視しちゃいました」

    変な汗が出ているのがわかる。

    その瞬間、彼の後ろに見える東京タワーがライトアップされた。

    「なんだそれ!次からあったら喋りかけてよ!じゃあね。」


    カッコいい。

    夜の東京タワーもカッコよかった。

    そしてこんな卑屈な性格の僕はカッコ悪い。



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