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    [#38] 何とも言えない 『キウイ』

    KITSU

    2021/09/20 19:00

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    『キウイ』


    フルーツが食べられない。

    苦手なんです。

    りんごとみかんは食べれるけど本当は別にいらない。

    誰かが実家から送られてきたというフルーツをお裾分けしてくれる。

    お気持ちはありがたいが、持って帰ったあと困る。

    その場でしゃぶりつくような男でいたかった。

    心から自分がもったいないと思う。

    世の中の人はなんて美味しそうにフルーツを食べるのだろう。


    保育園の頃の記憶が断片的にある。

    それは夢と現実の狭間の景色のようで靄がかったものが多い。

    広場のお城のてっぺんの高さ、お昼寝タイムの静けさ、浅すぎるプール、保育園で飼われていたクジャク。

    これら全て本当だったのか、僕の妄想だったのかも今ではわからない。

    でもそれが現実でも夢でもその全てが僕にとっては愛しいものであることは今でも変わらない。

    保育園の園歌を今でも歌えることが僕がいかに保育園が好きであったかわかる。

    でもその歌も僕の妄想かもしれない。


    甘いものが食べられない。

    生クリームが苦手です。

    チョコとカスタードは食べれるけど本当は二口くらいでいい。

    誰かが僕の誕生日にサプライズでケーキを用意してくれる。

    お気持ちはありがたいが、リアクションに困る。

    その場でケーキに顔を埋めて口一杯に頬張るような男でいたかった。

    心から自分が情けなくなる。

    世の中の人はなんて嬉しそうにサプライズの祝いを受け止めるのだろう。


    ブドウの栽培が盛んな地元羽曳野市。

    市のマスコットキャラクターもブドウがモチーフになった「つぶたん」というキャラクターだ。

    美味しいらしいし、それでワインも作られている。

    よくばあちゃんの家でブドウを食べていた記憶がある。

    あの頃はブドウも好きだったのにな。


    保育園ではフルーツタイムみたいなものもあった。

    僕の妄想じゃなければ。

    ブドウはよく出ていたのだろうか。

    しかし僕はどんな種類のフルーツを食べていたのか覚えていない。

    あるフルーツが出たこと以外は。


    真ん中で切られ、断面は太陽のようだった。

    皆んな美味しそうに、皆んな上手にスプーンでほじくり食べている。

    キウイだ。

    僕は今でもそれが苦手だ。

    その日僕はキウイを食べないように、どのように切り抜けたのだろうか。


    送り迎えのバスは近所の駄菓子屋で停まる。

    五、六人のお母さんたちが子供を迎える。

    その中にうちのオカンもいて、バスの中の僕を見つけて笑顔に。

    僕よりも先に先生がオカンに駆け寄り、何か伝えて、笑い合っている。

    何か秘密の話をされているみたいで嫌な気分になった。

    でもその秘密は帰り道にすぐに解かれた。


    駄菓子屋からオカンと手を繋いで家まで歩く。

    オカンは笑いを堪え切れない様子で、それがさっきの秘密と関係していることは何となくわかったので一層腹が立った。

    「あんた、キウイ食べたくないからって先生にキウイの種を全部取れって言うたんやって?」

    「ほんまお母さん恥ずかしいわ」

    と僕に笑いながら言う。

    あの頃の僕よ。

    なんという強硬策だ。

    それは無茶だ。

    僕はそれからどんな言い訳をしたのかは覚えていないが、その手を繋いだ帰り道が楽しかったことは覚えている。



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