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[#36] 何とも言えない 『夏休みと蝉』
『夏休みと蝉』
毎年海に行った。
親と旅行に行くなんてダサいという恥ずかしい感情を抱くまでは毎年。
和歌山の白浜。
関西の人には有名な海水浴場でたぶん関西では綺麗な方の海だったんだと思う。
せっかく海に来てるのにパラソルの下で昼寝をする大人に怪訝な眼差しを向けつつ、時間が許す限り海に入った。
朝起きて自分の敷布団が汚いことを見ると夏だなと思った。
寝返りを打つたびに日焼けの皮がボロボロとめくれ散らばっている。
なるべく大きな面積の日焼けの皮を取れた時の快感は今でもわかるような気もするが、もう体験しなくてもいい。
でもこれだけステイホームを続けると、もうすぐ来る夏にそんな思い出を重ねたくもなる。
背中が火傷するくらいの夏をしたい。
こんなセリフ言うなんて思わなかったくらい、去年も今年も日本には四季がなかったんじゃないだろうか。
親戚の兄ちゃんに砂浜に埋められた。
顔以外は砂の中だ。
砂でチンチンやオッパイを作られ、多感な時期の僕は写真を撮られる前に力任せに砂を中から壊した。
こんなに楽しい夏の思い出。
僕は冬の方が好きだが、なんだかんだ夏を楽しんでいたんだな。
海から出て、浜辺に陣取ったゴザまで足に砂をつけずに戻ることは不可能だ。
もう帰るという寸前まで海に入っているものだから、海から出るということは車に乗りホテルに帰るのだ。
全く潔癖症でもないが、砂が足についていることにかなり抵抗があった。
その足のまま海パンを脱ぎ、パンツとズボンを履くのがかなり嫌だった。
海から出た瞬間に誰か僕をおぶってくれはしないか。
金なら払う。
そんなことを本気で思っていた小学生だった。
風はゴザをめくりあげ、空気を抜こうとしたビーチボールをどこかへ運ぶ。
昼に食べた焼きそばもジャリっとした食感があったのは覚えている。
砂への嫌悪感はありながらも、なんだかんだ夏を楽しんでいたんだな。
年齢、仕事、結婚、コロナ禍。
生きていると様々なことが起こる。
あの頃の夏休みが始まるまで、あと何日という高揚感。
あの頃の夏休みが終わるまで、あと何日という喪失感。
そんな感情が今の僕にはないことへの絶望感。
今では夏休みの期間も、お盆がいつかも、ゴールデンウィークがいつかもわからない身体になってしまった。
この寂しさを抱えながら夏を部屋の温度が知らせる。
エアコンとサーキュレーターが部屋の生ぬるい空気を掻き回す。
ベランダには蝉の死骸。
と思ったら生きていた。
しぶとく生きることを蝉に教えてもらってどうする。
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