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[#35] 何とも言えない 『大ちゃんの報告』
『大ちゃんの報告』
毎週火曜と木曜。
LEGOBIGMORLはスタジオに集まり練習する曜日が決まっていた。
火曜と木曜はバイトや用事を入れない。
その約束はデビューが決まるまで守られていた。
何回か言ったことはあるかと思うがLEGOBIGMORLが世の中に初めてリリースしたアルバムの名前は「Tuesday and Thursday」
我ながら素晴らしいタイトルだと思う。
スタジオの予約は四時間。
セッティングと片付けの時間もそこに含まれるため純粋に練習できる時間は三時間半くらいだろうか。
メンバー四人で割り勘で払うスタジオ料金も大阪の片田舎とはいえ安くはない。
それでも僕らはスタジオの横にある机でジュースを飲みながらタバコを吸うという行為を一時間以上行っていた。
言い訳になるが、その何気ない雑談や最近あった面白いことや女性の話やエロい話などなど。
それらを話して共有して爆笑する。
そんな時間が大切だと思っていたし今でも大切だと思う。
しかし練習開始時間はとっくに過ぎているのに話し続ける僕らは間違っていたとは思う。
男の二十二、三歳というのはまだまだ子供で全く内容のない話も永遠とできる。
まだプロではない。
ましてやプロになっても亀が歩く速度でプロ意識を育てていった僕らは(良いように言い過ぎ)自腹を払って雑談を続ける。
自販機はいつものラインナップ。
僕はそこでデカビタCをよく買って飲んでいた。
まだアイコスなんてなかった。
今の時代では珍しいメンバー全員が喫煙者であったLEGOBIGMORLが机を陣取ると、そのスペースは一気に煙が充満するのである。
「スタジオ終わりに少し時間ある?」
そんなメールが大ちゃんから来ていたのは集合の一時間前。
全然大丈夫と返信したが、八割の余裕と二割の胸騒ぎが僕の心を占めた。
全員にそのメールは行っているはずだが到着してもそのことには誰も触れず雑談をし、そろそろやるかと練習を始める。
大ちゃんが僕らに何か話があるのだろう。
恐らく大ちゃん以外の全員の頭にはそのことはあるままの練習。
もしかしたら僕以外の全員はその内容を知っていて「話し合った結果ヒロキを脱退させたい」みたいな話なのか?
そんな妄想が膨らみ、胸騒ぎは心の五割を占めた。
まぁそんなことはないか。
しかしいつも通りの練習ではあったが、僕らは違和感を出さないようにしようという違和感が滲み出ていたであろう。
タイミングとしては完璧であった。
その頃の僕らは大きな事務所から声をかけられていた。
一緒にやらないか。
バンドとしてはもちろん、それぞれが自分の人生を考えただろう。
スムーズにいけばデビューということだろう。
売れるか売れないかはわからない。
でもまず僕らはプロになれるかもしれない。
そんなタイミングでの大ちゃんからの話があるという連絡。
僕の心は着地した。
彼はバンドを辞めるつもりだ。
一緒にバンド活動をしていればわかる。
彼は人一倍優しい人で、その穏やかな性格が故に、人一倍安定思考が強かった。
ように思う。
だからやはりデビューは出来ない、就職するよ。
という報告なんじゃないかというのが僕の出した推理の答え。
いつも通り練習終わりにデカビタCを買ってタバコに火を付ける。
そろそろかという空気が流れ、その空気を読んだ優しい大ちゃんが口を開いた。
「ちょっと話あるんやけどいい?」
デビューすればバイトしなくてもお金がもらえるのだろうか。
毎日ギター弾いて歌詞書いてライブして、それでご飯が食べれるのだろうか。
声をかけてくれた事務所は詐欺集団なんじゃないだろうか。
マイナス思考が蔓延る僕の脳はこんなことばかり考えていた。
しかし本当に考え方、感じ方ってのは人それぞれなんだなと思い知らされる。
デビューが決まりかけて何も疑わずに喜ぶ者、僕はそんな考え方を羨ましくも思えた。
「デビューが決まりそうってことで話があるんやけど」
やはりバンドに関わる話か。
残りの三人は平静を装いながらゴクリと唾を飲む。
「なんと子供ができました」
満面の笑みで大ちゃんが報告をした。
本来なら僕はおめでとうと言わなければならなかったのだ。
これから忙しくなる。
忙しくならないとダメだ。
なんなら東京に引っ越すのだろうか。
スタジオに缶詰めだろうか。
そんな中での報告。
僕は思い悩んでしまった。
恐らくリアクションとしては間違っていることは理解している。
横を見るとシンタロウが頭を抱えていて、僕だけじゃないと少し安心した。
そう、僕とシンタロウはもちろん生命の誕生を憂いているわけではない。
これからデビューという時に色んな意味で大丈夫なのか?
正式にデビューが決まったわけではないのに少し気が緩んでいるのか?
という懸念が先に来てしまったのだ。
「えーーーーーーーー!!!めちゃくちゃおめでとうーーーーー!!!!!」
報告を受けて僕とシンタロウが思い悩むと同時に、キンタがでっかい声で叫んだ。
大ちゃんがありがとうと言っている。
違う世界、違う時空、パラレルワールドかと思うほど空気が二組に分かれていた。
僕は二本目のタバコに火を付ける。
シンタロウは二本目のジュースを買う。
それぞれが一旦落ち着こうと行動していることがわかる。
その間も大ちゃんとキンタは幸せな空気を纏いあれこれ話している。
少し時間がかかったが、僕ら二人はその後きちんと心から「おめでとう」を言えた。
無理矢理言ったわけではない。
状況を受け入れ、咀嚼して、多角的な考え方を持ってその言葉を出した。
だって子供が産まれるということはこちらの状況に関係なく尊く、美しいものだから。
こっちの都合はこっちで落とし前をつければいい。
キンタはそんなことを高速に脳を働かせ答えを出し、瞬時に「おめでとう」を言えたのか。
それとも何も考えずに「おめでとう」を言えたのか。
前者か後者かは僕の中では答えは出ているが。
そんなことは関係なく、あの時即座にお祝いをできたキンタ。
お祝いの言葉を言えなかった自分。
今なら冷静にその状況を思い起こすことができる。
そしてきちんとあの頃の自分を軽蔑できる。
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