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[#31] 何とも言えない 『出会い別れ繰り返すなんて、そんなことは知ってる』
『出会い別れ繰り返すなんて、そんなことは知ってる』
おやつは五百円以内です。
そう言われた方が燃やしないか?
何でも好きなもの、好きな数買ってきていいと言われた途端やる気は萎んでいく。
僕らは不自由の中の自由を泳ぐ。
それを忘れていると。
自由を履き違えると。
それはとても不自由で生きにくくなってしまう。
友人のカップルは何度も別れてはヨリを戻す。
月にドンキホーテに行く頻度で「別れました」と報告してきては、知らぬ間に戻っている。
しかしその戻り方がいつも核となる部分を話し合わずに戻るもんだから、またすぐ別れる。
これも彼らの自由なのだが、自由を履き違えている結果とも言える。
ちょっと聞いてよ。
とそれぞれがぞれぞれの正義を振りかざし、一人で愚痴をこぼしにやってくる。
酒やおつまみを近くのコンビニで買ってきてくれるもんだから話は聞いてやる。
しかし僕も自由を履き違えてここまで生きてきたような男で、特に革新的な助言ができるわけでもない。
話を聞いている上でわかることはぞれぞれがとても苦しそうなこと。
結婚したり子供がいるわけでもないのに、そんな想いをしてまでも彼らは出会いと別れを繰り返すのだ。
話し合いをする。
そして核心に迫る寸前で喧嘩になるらしい。
もう買ってきてくれたビールは飲み干し、芋のソーダ割りを作る。
我が家の製氷機はフル稼働だ。
うちの猫までもが彼らには「また来たの?」くらいの顔をしている。
今日も長くなる。
人間に唯一与えられたコミュニケーション方法の言語。
なんて都合のいいことを思っているのは人間だけで、他の動物も植物も僕らにはわからないコミュニケーションを取っているのかもしれない。
そんなことは置いておいて。
会話にならなければ関係性の進歩はない。
彼らの話し合いは偶然同じ日本語を話してはいるが、全く違う言語を話し合っているかのように噛み合わない。
一方の主張に至っては僕からしたら外国語、または宇宙語のように聞こえ、何を言っているのかわからない。
しかし僕は口を挟むわけでもなく黙って聞いている。
もう何杯目の酒かも覚えていない。
今日はレモンサワーだ。
会話にならないとはこれほど怖いものなのか。
まるで山の中で突然出くわしてしまった野生のイノシシと対峙している錯覚に陥る。
しかしイノシシの言葉に耳を傾け続けると少しだけわかったことがある。
これはイノシシだけではなく双方に言えることなのだが。
彼らは相手に期待している。
期待しすぎている。
気持ちはわかる。
しかし期待をも飛び越えて、依存という関係性に成り下がってしまっているのだ。
共依存。
人は一人では生きていけないが、助けを期待しながら生きるのも違うし、ましてや依存してはならない。
しかもそれらが愛し合うよりも前にそびえ立つ。
恋愛とはこれらを繰り返しながらドラマが起き、時には殺戮まで起こしてしまう。
大昔からそれは変わっていない。
人間は学ばない生き物で、イノシシよりも賢い生き物なんかじゃない。
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