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[#30] 何とも言えない 『有本さんと尼川さん』
『有本さんと尼川さん』
鬱というには本当の鬱の人に申し訳ない。
しかしこんな僕もそれに似た症状になったことがある。
でも期間も短かったし、病院にも行かず薬も飲んでいない。
やはり鬱というには本当の鬱の人に申し訳ない。
じゃああの時の僕は何だったのか。
ただただ何かから逃げていただけなのだろうか。
なるほど。
それの方が辛い。
LEGOはかなり良くない状態だった。
バンドは生き物だとよく言われる。
ではLEGOBIGMORLという動物は満身創痍だった。
関係性も良くない。
というか状態が良くないのに最悪にはならすまいと四人が頑張ってしまっていた。
ぶつかると終わる。
そう思いすぎてぶつかれずにいた。
今思えばその気遣いが逆にダメだったのだろう。
スタジオの空気は悪く、会話もなく、しかし休憩中の雑談はそれぞれが敢えて頑張っていた気がする。
毎日の曲作りスタジオ。
ある日僕はそこに行けなくなってしまった。
僕の歌詞がもっと良ければ。
ずっとこんなことを思っていた。
歌詞が悪いから思ったようにCDが売れないのだ。
そんな思いとスタジオの空気が僕を自分の家に閉じ込めた。
しかし今ならわかる。
僕は逃げたのだ。
歌詞を書いては消して、外が少し明るいのが早朝なのか夕方なのかもわからなくなっていた。
次第に僕はメンバーやマネージャーの連絡すらも返さなくなっていた。
ただひたすら歌詞を書いていたことだけは事実だ。
そこにサボったり逃げたりしている自覚はない。
その行為がまたバンドの空気を悪くしていることも知らずに。
親友のflumpoolのベース尼川元気とスタイリストの有本。
彼らとだけはたまにご飯に行った。
その時間だけが僕が笑える時間になり、僕はその時間に生かされた。
しかし同い年の彼らには何も相談は出来なかった。
彼らとは馬鹿話しているくらいが丁度いいのだ。
大阪に帰ろう。
何度も思った。
それはつまりバンドも辞めるということ。
紙一重の日々が続いた。
何かのきっかけで一瞬で辞めてしまうくらいのメンタルだったと思う。
今こうしてLEGOでいられるのもある意味奇跡なんだろう。
携帯が鳴る。
画面がLEGOのメンバー、スタッフからのメールや着信だと動悸が始まるようになった。
何度かスタジオに行こうとしたこともある。
しかし下痢や吐き気を起こす。
自分がこんなにメンタルが弱いことに、またメンタルをやられる。
とうとう僕は唯一連絡を取っていた尼川と有本の連絡すら返せなくなってしまった。
携帯の電源はオフった。
今が何時なのかもわからないが外は暗いってことは昼ではないんだろう。
目を覚ますとそんなことを思った。
しかしなぜ目を覚ましたかと言うとインターホンと扉をノックする音が交互で鳴り響いていたのだ。
それだけではなくベランダに人影が。
その人物も磨りガラス叩く。
恐怖でしかなかった。
こんな一人暮らしの部屋に数人で強盗に入ってもコスパは悪いのに、となぜか冷静に考えた。
まぁでもそれは強盗ではなく親友二人であった。
それぞれの鍵を開けると玄関から有本、ベランダから尼川が入ってきた。
僕を心配して来てくれたのだ。
「急に連絡返ってこないから首吊ってるのかと思ったわ」
と二人が笑う。
しかし本気で笑っていないことはわかる。
あぁ少なからず首を吊っている可能性があると本気で思ったから慌てて来てくれたんだなと申し訳ない気持ちになった。
いつもなら酒でも持ってくるのに手ぶらで来たことが彼らが本当に僕を心配していたということ。
僕の顔を見て安堵したのか、すぐコンビニに酒を買いに行った。
その間に僕は荒んだ自分の身なりと部屋を多少なりとも片付けた。
ビールの本数は三の倍数。
僕の分もあるのか。
酒なんていつぶりだろうか。
ここで尼川さんが話し出した。
「さっきベランダから乗り込もうとしたら間違えてヒロキの隣の人のベランダに乗り込んで怒られてん」
とんでもないことをサラッと言う。
「知らん男が立ってて。でさぁ、ここヒロキ君の家じゃないですよね?って言ったら、ちげーよって言われたわ」
と言いながら爆笑している。
なぜその状況で僕の家かどうかの確認ができるんだろう、この人は。
どう考えても僕の家じゃないだろうに。
知らん男が立ってたら僕の家じゃないでしょうよ。
尼川さんは続ける。
「でもそいつがギター背負って立ってたから一瞬ヒロキかと思ってん」
ひょんなことから隣人もギタリストであることを知った。
この馬鹿みたいな話に背中を押され、次のスタジオからLEGOに顔を出したと言うと僕まで馬鹿みたいだが僕も馬鹿なんだろう。
もちろんそれだけじゃなく彼らの行動、静かに待ってくれていたメンバーのおかげだとも言っておかないと。
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