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[#228] 何とも言えない 『やっとひとりぼっちになれた』
『やっとひとりぼっちになれた』
あのバンドの新作聴きたいな。
あのYouTubeの続きを見たいな。
LEGOの新曲のデモ音源の確認しないとな。
作詞提供の曲が送られてきたから聴いてメロを覚えないとな。
忘れらんねえよのサポートギターで急に初めての曲演りたいとか言い出したからギターフレーズ覚えないとな。
とか。
やりたいことや仕事がスマホとヘッドホンあればやれてしまう。
確認が多いのでそれで完結するような仕事ではないけど、仕事によっては完結まで出来てしまうものもあるでしょう。
ひとりぼっち、という言葉。
なんて切なく悲しい響きなんだろう。
ぼっちってなんやろうと思って調べたら法師と出た。
一寸法師や影法師と同じ意味で、「人」の意味だという。
一人の人。
じゃあこの世の全員ひとりぼっちだ。
なんて強がってもやはりひとりぼっちにはネガティブなイメージがあるんじゃないだろうか。
「お!ヒロキ!久しぶり!」
下北で友達に声をかけられてヘッドホンを外すとそんな声が。
その声の前に肩を叩かれている。
ノイズキャンセリングとは本当に凄い。
ヘッドホンで蓋をしていると雑踏の中にいてもひとりぼっちの感覚になる。
その時に聴いている音楽によってもそれは左右される。
下北でヘッドホンしてsyrup16gを聴いていた僕は声をかけられるまでは心地良い真っ暗な絶望の中にひとりぼっちで浸っていた。
でも声をかけられた瞬間に強引に腕を引っ張られ現実に存在する。
同じ下北沢という街を歩いていたのにその前後では別人のような自分がいる。
僕の顔は友達の目にどのように映っていただろう。
睡眠から叩き起こされた時のように僕は寝ぼけた顔をしていたに違いない。
たくさん話して声を枯らす。
僕は喉が弱い。
そんな時間も楽しいけど、それが仕事でも飲み会でも僕は帰りにバスに乗る。
ざわざわした場所にいた時は尚更。
バスは電車よりも家の近くまで行ってくれる。
そして僕の路線は座れるが多い。
乗り換えもない。
でも電車より時間はかかる。
だからこそ良いのだ。
昔は東京のバスの乗り方すらわからなかったのに。
ノイズキャンセリングの仕組みは説明されてもいまだによくわからんがとても有り難い。
自分だけの時間。
バスのエアコンの風向を好みの角度にセットし、スマホを媒体に行きたい世界に潜る。
たまに目を瞑り睡眠の世界に潜ってしまい寝てしまう時もあるが。
窓の外は夕暮れ。
東京の夕暮れも綺麗だと大阪の田舎に住んでた頃の僕に言っても偏見だけで否定していただろう。
新宿のビルたちに反射するオレンジ。
僕はここで心の中で呟くのだ。
「やっとひとりぼっちになれた」
”なれた”のだと。
人が好きだが、一人の時間も好きだ。
それは誰だってそうでしょう。
ずっと一人でも、ずっと皆んなともいられない。
僕の場合それがバスの中が多い。
サウナでもなれそうなもんだがヘッドホンをして入るわけにいかない。
路線バスとは個室なのだ。
昔よく漫画喫茶に行っていた。
特に用事もないのに。
バスはそれに近いものがある気がする。
でもこのコラムを書いていて久々に漫画喫茶に行きたくなった。
皆さんがひとりぼっちに”なれる”場所はどこですか?
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