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[#225] 何とも言えない 『都市開発により変わっていくのは』
『都市開発により変わっていくのは』
踏切の音が鳴り響く。
建物が低く空が広い。
小さい墓地の敷地内で遊ぶ子供たち。
愛着がすぐに湧いてしまう性格の僕でも特に愛着があった。
引っ越すのは少し寂しかった街。
あの街は小さくてお世辞にも栄えていなくて、だからこそ顔見知りが多くていい飲み屋が多くて。
久しぶりにあの街に行ってみた。
初めて娘を連れて。
四月。
昼は暑い。
短パンをクローゼットから引っ張り出す。
目的の店は半分外みたいな開放的な店で夕方に行くので短パンで行くか悩む。
でももういい大人なのでやはり短パンはやめておいた。
娘をベビーカーにセットして汗が出る。
「やっぱ短パンにしたらよかった」
と愚痴ってしまう。
もう太陽が西日を放つ時間になっていた。
あの街に向かう。
赤ちゃんに適していない街だ。
階段が多かったり、喫煙可能な店が多かったり。
でも今年から都市開発が進んで工事が始まるらしい。
スロープやエレベーターが出来たりして便利になったり、オリジン弁当とコンビニ以外にもチェーン店が出来て喜ぶ住人も増えるでしょう。
でも僕が大好きな飲み屋は立ち退きが決まったり、あの桜の木は切られることになっている。
今は僕は引っ越してしまったから好きなこと言っちゃうと便利を求めた先に残るものは何なのか?
なんて考えてしまうが。
住んでいる身からすると、現実問題小さい飲み屋や桜の木よりもエレベーターやチェーン店の方が嬉しいのだろう。
陽が落ちて風が吹く。
肌寒い。
「やっぱ短パンにしなくてよかった」
と心で呟く。
街に降り立つといきなり知り合いだらけ。
「可愛いな~!」
「抱っこさせて!」
それぞれの飲食店の店主が娘を愛でてくれる。
その飲食店の常連もまた愛でてくれる。
今住んでいる街よりもあの街の方が知り合いは多いのかもしれない。
「あのヒロキがパパかよ!」
なんて言ってもらうけど、大丈夫。
それは僕の方が思っていることだ。
娘はずっとキョトンとした表情で僕が生ビールを飲んでるのを見ている。
ベビーカーに乗せる間もないくらい誰かしらが抱っこしてくれる。
久々に両手が空いた状態で飲むビールの美味さを再確認し二杯目を注文した。
都市開発を悪く思ってしまいがちな風潮はあると思う。
”変わらなもの”に人は安心する。
馴染みの景色や昔ながらのお店を潰してまで近代的に変えてしまうなんて!
という思いは理解できるし僕もそちらの考え方だ。
でも実は都市開発なんかより変わっていくのは自分の方なのだ。
自分だって何かを捨てたり忘れたりして変わっていっている。
変化していく自分を棚に上げて都市開発を悪く言うのは違う気がしてきた。
それは娘が産まれたことはとても大きいように思う。
彼女は日々変化していく。
街や僕ら大人とは次元の違う速度で。
こんなにも変わっていく彼女と毎日過ごすことで僕の心はまた違うものになりつつある。
早めに帰宅する。
昔ならその店で日を跨いでいたが今は子連れだ。
「ごめん、さすがに今日は早く帰るわ。お会計お願いしますー」
「そんなの気にしないでよー。娘ちゃん抱っこできて嬉しかったわ」
電卓を叩く店主。
財布を用意する僕。
もちろん現金しか使えないような店だ。
それがまた良い。
「はい、お会計こちらですー」
店主から手書きの会計の紙を渡される。
何杯か飲んでつまみを何品か頼んだのにこの店のお会計は安すぎる。
街の温かさと、店の値段設定は変わっていない。
いつか鳴り止んでしまう踏切の音が街に鳴り響いている。
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