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    [#220] 何とも言えない 『worlds end traffic』

    KITSU

    2025/03/24 19:00

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    『worlds end traffic』

     

    worlds end

    1、世界の終わり

     

    当たり前という言葉がわからなくなってきた。

    大阪の田舎から出てきた僕の当たり前はここではもってのほかだったりする。

    そんなことが増えた。

    僕らが売れるなんて当たり前やろ。

    曲も歌詞もライブも良いねんから当たり前やろ。

    でも。

    これが当たり前じゃなかった。

     

    ギターのフレーズを考えていた。

    イントロだ。

    それが鳴った瞬間「キターーーーーーー」みたいになるやつ。

    ギタリスト誰しもそれを求めて思考する。

    僕の中で必死で考えたこのイントロは珍しく一発OKをもらった。

    レコーディングの前に本格的に録音し、最終調整をしたりすることをプリプロと言う。

    その日は初めて行くスタジオで矢沢永吉さんの所有するスタジオでテンションが上がった。

    すでにライブでは演奏していたのでスムーズに行くと思われたプリプロ。

    なんだか爽やか過ぎるという意見が出て、雲行きが怪しくなるまでは。

     

    バンドマンなんてのはチャラくて酒を飲んでは取っ替え引っ替え女性を抱いて。

    みたいなイメージを持たれがちである。

    事実そういった人も少なからずいる。

    噂もあるし、実際目の当たりにしたこともある。

    しかし良いように言いたいわけではないが、僕の周りのバンドマンはそんな感じの人は少なかった。

    そりゃモテたいし、それなりに遊んでいる人もいるが皆んな節度やモラルやプライドを持った人が多かったように思う。

    打ち上げに女性を呼ぶ人もたまにいるこの世界。

    お前誰やねんって女性が、出演していたバンドマンよりデカい顔してるなんて打ち上げもたまにあった。

    そんな嫌な経験が皆んなにあったのか僕らの酒場は男ばかりのことが多かった。

    そのせいで男ならではの酷い経験もしたが、それはまだ笑える話だ。

    皆んな今のステージより大きなステージへの夢を抱いていた。

    でも誰も「売れたい」とは絶対に言わなかったことだけが印象的だった。

     

    「Mother ship」というアルバムにこの曲は入ることになるのだが。

    その中でもこの曲が一番早くできた。

    そう思って聴くと一番前のアルバムと同じ香りがするものになっていると思う。

    二枚目のアルバム、上京、年齢。

    色んな要素と状況の中、一番調子に乗っている頃。

    爽やか過ぎるのでどこか影が欲しい。

    この曲を半音下げのギターで録音することになった。

    そこに行き着くまではどんよりとした空気の中過ごした記憶がある。

    誰もがどうすれば良くなるか考え話し合い、疲弊していた。

    そのことを事細かくここに書くのは今回のコラムじゃなくても良い気がする。

    「Mother ship」制作の過程は全てその空気が漂っているため、この先に記することもあるだろうから。

    とにかく半音下げは最後の望みだった。

     

    大阪の僕の地元は田舎なので車社会と言える。

    交通の便は最悪だ。

    だから実家の車を借りてはあちこち出掛けた。

    そんなこともあってか、いつか東京に住んでも車を持つだろうと何となく確信していた。

    住んでみて東京ではそんなに車が必要ないと気付くまでは。

    でもそれに気付くまではよく東京でのマイカーライフを想像していた。

    地元の高速とは違い等間隔に並ぶライトの明かりだけじゃなく、ビルの明かりが星のようで。

    地元の高速とは違い静まり返った夜道ではなく、行き交う車のクラクションやパトカーのサイレン。

    僕は単細胞なので、こんな安直な想像を頭にこびり付けていた。

     

    裏側を見てしまった。

    デビューして色々と状況が変わり、実はこうなっているんだというものを良くも悪くも見た。

    喜んだり失望もした。

    ここに居座る理由はない気がしたこともある。

    でも僕らはここで生きるという方向に雪崩れ込んだ。

    同級生はそろそろ職場に後輩でもできた頃だろうか。

    思っていた東京とは違う。

    あの想像していた東京はもっとこうだった。

    そんな現実逃避の歌でもあるのかもしれない。

    その現実逃避だけが僕の夜を満たした。

    でもその頭の中の逃避行はいつだって隣には君がいた。

    わがままに、強引に。

     

    良い意味で少し汚れ、アーバンな香りを纏った。

    半音下げで最後まで演奏した時の印象だ。

    これは歌も入れたらもっと大人なエロい曲になるに違いない。

    そうと決まればこのままではいけないと僕は少し歌詞をいじった。

    「君」という存在に逃げたり、甘えたり、乱暴にしてみたり。

    スピードを維持したまま駆け抜けるこの曲できちんと情景描写と主観を同居させたかった。

    その汚れを活かすために僕の汚れた部分を吐き出して締めくくる。

    東京の街で大きくなった気になっていた僕は触りたいし、奪いたいし、挿したかったのだ。

    1つになりたかったのだ。

    それは性的な意味でも音楽的な意味でも1つになりたかったし。

    もうこのまま魂も自ら抜き、ただの1つの物体になるのも悪くはないとさえ思った。

    あの頃の僕は。

     

     
     

    『worlds end traffic』

     

    ここにあるのはただ無機質な愛 冷たく固い

    僕の普通とは君の普通じゃない そんなこともここじゃ当たり前だよ

    今日だって偽りや不自由が降り積もる 君をさらってテールランプを縫う

     

    ハイウェイを泳いでサイレンとクラクション音が響く

    さらって、さらって、君だけを乗せて

    真実は僕と君にある それ以上はない

    染まって、染まって、僕だけに見せて

     

    見てきたもの 全て嘘なら

    僕らがここにいる理由はもうないから君を乗せて

     

    ハイウェイを泳いでサイレンとクラクション音が響く

    さらって、さらって、君だけを乗せて

    真実は僕と君にある それ以上はない

    染まって、染まって、僕だけに見せて

     

    満たして、満たして、満たしての夜を

    触って、奪って、刺さって1つになる

     

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