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[#21] 何とも言えない 『ツインルーム』
『ツインルーム』
チェックインは十五時。
十五時半にはホテルのベッドと化粧台は荷物で敷き詰められている。
私服と衣装、靴、色んな種類の充電器、絡まったイヤホン、化粧水や美容液、弦とニッパー、パンパンの財布、裸の小銭。
などなど。
「この部屋に六泊目ですか?」
と言いたくなるほど、チャックインした瞬間に荷物をばら撒く。
僕は明日着る衣装をハンガーにかけ、明日着る私服をサイドテーブルに置く。
明日履きたい靴下もセットした。
彼はその中からトレーニングウェアを探し当て、スニーカーに履き替えジョギングに行くという。
「いってらっしゃい」
と僕はキンタさんを見送った。
当初経費削減のためにツアー先のホテルはツインルームが多かった。
一部屋にベッドが二つあるのだ。
マネージャーがツインを間違えてダブルの部屋を取ってしまい、一つのベッドでキンタさんと寝たことがある。
なぜか暗黙の了解というか、話合ったことはないがツインの時はギター組とリズム隊組に自ずと別れた。
ツインルームは別に嬉しくも悲しくもないのだが、早くシングルに泊まりたいと常々思っていた。
しかしそれを口に出すとキンタさんを嫌っているのかと思われそうだし、キンタさん自身もそんなに俺と居たくないのかと思ったら嫌だなぁなんて可愛らしい気を遣っていた。
全国どこでも美味しいものはたくさんあるが、福岡は美味しいものが特に多い。
そして昔からの知り合いも少なからずいて、打ち上げ後はホテルに帰る者と二軒目に行く者と別れる。
と言ってもホテルに帰るのはリズム隊、二軒目に行くのはギター陣ってな具合に大体メンツは決まっていた。
しかし僕はその日ライブで疲れていて二軒目には向かわずにいた。
リズム隊とコンビニに寄り、水など買った後二人が同じ部屋に吸い込まれるのを見送り誰もいないツインの部屋に入った。
キンタさんは今頃、福岡のラジオ局の人たちと楽しく飲んでいるのだろう。
僕も行きたかったがツアーは続く。
体調管理もプロの仕事だ。
なんて言えるようになった自分に感動し悦に入る。
サイドテーブルに明日着る服を用意し、部屋の電気は消したがキンタさん側のベッドの照明は点けたまま寝た。
音を立てないように注意深く動く人の音の方が気になる。
普通に話せば気にならないのに、ひそひそ声が耳に付く。
そんな具合に酔ったキンタさんが帰ってきた。
僕を起こさないようにゆっくり動くその衣擦れの音が逆に耳につき目を覚ました。
いや目を覚ましはしたが、目は開けないでいた。
そこからは音だけで彼の気配を感じることになる。
彼は缶ビールらしきものを手に持っているらしく、部屋それの残りを飲んでいる様子だった。
そして酔っているのだろうか、何と寝ていると思っている僕に話しかけたのだ。
話しかけてきた内容は彼の酔った時、特有の小恥ずかしい内容なのでここでは控える。
僕に語りかけるようにボソボソと話していた彼は持っていた缶ビールをこぼしたらしく。
「あ!やばい!あ!濡れた!」
と本来なら僕が起きてしまうであろうの声量で慌て出し床を拭いているようだった。
「これ拭いとかな明日ヒロキが踏んだらビックリするわ」
と言っている。
部屋の床はカーペットなので染み込んでいることだろうし、何て独り言が多い奴やと思いながらそのまま僕はもう一度睡魔に襲われた。
朝起きるとベッドにまだキンタさんは眠り、ベッドの周りだけが散らかっていた。
あと二時間もすればチェックアウトなのに彼の荷物はまとまるのだろうか。
朝風呂でも入ろうと起き上がると床が少し濡れていた。
あーあれはもう朝方だったのか。
最後に。
お誕生日おめでとう。
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