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[#20] 何とも言えない 『稲葉さんと目が合ったんだ』
『稲葉さんと目が合ったんだ』
多分LEGOのお客さんなら知ってるとは思う。
でもそうじゃない人のためにも言ってくと。
僕はB’zの大ファンなのである。
ギタリストだから松本さんのファンと思われるかもしれないが。(もちろん松本さんもファンです)
自分が楽器など触る前からのファンなので、あの曲を弾きたいとか、あんなライブをしたいとか。
そんな感情を抱いたことはない。
ただただその存在に惹かれたのだ。
愛知の豊田スタジアム。
ここで僕はB’zの稲葉さんと目が合ったのだ。
「絶対今私のこと見たよね!?!?!?」
みたいな観客の全員が思っているソレとは違う。
まあまあな至近距離で確実に僕は稲葉さんと目が合ったんだ。
大阪の羽曳野市。
そんな田舎にはCD屋さんは数える程しかない。
中学一年生の僕は初めて自分のお小遣いでCDを買うのだ。
流行っていたから、という理由だけでそのアーティストのCDを買ってみた。
そしてそれを買うことで僕の人生は大きく動き出す。
B’zの音楽や歌詞や佇まいは、J-POPしか知らない僕の感受性に突き刺さった。
なんだこの激しい音楽は。
なんだこのエロい歌詞は。
B’zを聴いている時間はなんだか隠れてタバコを吸っているような、悪いことを合法的にしている気持ちにさせてくれた。
いつか僕も手首にタトゥーを彫ろう(稲葉さんが彫っているから)
事務所の関係でチケットを取ってもらった。
LEGOのメンバーと豊田スタジアムに入る。
僕だけがテンションを抑えきれず、後の三人は冷静にライブを楽しみにしていた。
今から僕はB’zのライブを観るんだ。
しかももしかしたらこの席は関係者席ってやつじゃないのか?
TSUTAYAに通いB’zのCDを時代をさかのぼり買い漁る。
それほどに熱中した。
稲葉さんの声が入っていない不良品だとTSUTAYAに文句を言いに行ったCDがインストゥルメンタル版で中学生の僕は顔から火が出るという事を経験したこともある。
部屋にはポスターや絶対に非公式で売られていたB’zの暖簾。
中学の卒業アルバムの表紙は生徒が自由にイラストを描くのだがB’zの絵を描いた。
そんな僕でもB’zのライブには行ったことがなかった。
チケット代が中学生には非現実的な値段であったためだ。
いつか行きたいな。
しかし歳を重ねると、そんな気持ちはだんだん薄れていく。
ライブを終えて稲葉さんと松本さんがアリーナとスタンドの間を練り歩く。
何万という観客に丁寧に感謝を伝えるためだ。
僕は関係者席から立ち上がり、関係者が行けるギリギリのフェンスのところまで移動した。
もうすぐこの目の前を二人が通る。
だんだんインディーズの音楽や洋楽にハマって日本の売れている音楽を聴いていることが恥ずかしくなる。
そんな勘違いも大学生くらいになるとしてしまうもんで。
自分のバンドを組んでからはもっとB’zから少し離れてしまっていた。
しかしデビューが決まり事務所が決まり、B’zのライブに行けること。
今までの聴いていなかった期間を申し訳なくなったと同時に、もう自分のお金でチケットを買える喜びをもう一度取り戻した。
歓声が近づいてくる。
それは二人が近づいている証拠。
もうライブは終わったのに帰る者はほとんどいない。
皆二人が巡回してくるのを待っているのだ。
大ちゃんも実はB’zが好きであったため僕がフェンスギリギリで待ち構える場所についてきた。
横のブロックの観客が気絶しそうなほど奇声を上げた。
稲葉さんが見えたのだろう。
本当に気絶してやしないか?
そのくらいの歓声だ。
僕も一目見ようとフェンスから身を乗り出してみた。
すると僕の一メートル先、手が届くところに稲葉さんがいた。
中学生の頃の思い出には常にB’zが流れている。
YouTubeなんてないからライブビデオを買い何回も観た。
アルバムを買ってはビニールを丁寧に剥がし、そこに貼られているシールも全て集めた。
B’z二人の生い立ちからデビューまでを綴った書籍も読み漁った。
あぁ次は僕がそんなワクワクを誰かに与える番だ。
LEGOBIGMORLの音楽で顔も知らない誰かがそうなっていたら僕はこんな幸せなことはない。
全然規模は違うし恐れ多いが、僕は誰かの稲葉さんになれただろうか。
憧れの人が目の前にいる。
その瞬間今まで聞こえていた周りの歓声はなくなり、遠くの方で耳鳴りのような「キーン」という音が小さく聞こえた。
僕はその静寂の中「稲葉さん」とだけ声を出した。
すると稲葉さんんは僕の方を振り返り、僕という人間の存在を理解し、目を見てくれたのだ。
そう、稲葉さんと目が合ったのだ。
これは現実だろうか。
僕を見ている。
いや、偶然目を向けた先に僕がいただけ。
それに対して何かリアクションをした方がいいのだろうか。
名前を呼びつけたのは僕の方なのだから。
僕はテンパるを絵に描いたようなテンパり方をしたまま稲葉さんにこう言った。
「おっす!」
なぜ僕はこんな失礼な事を言ってしまったのだろう。
もちろん稲葉さんはそんな僕の言うことは無視して先へ進む。
その先でもまた大きな歓声が聞こえる。
横にいた大ちゃんが僕に言った。
「おい、今稲葉さんにおっす!って言うてたで!」
そうか、あれは妄想ではなく本当に「おっす!」と言ったんだな。
人間はある種のパニックに陥ると何を言い出すかわからないという事を身をもって体感した。
でもそんな失礼なことを言ったなんて受け入れられなくて僕は「ほんまにそんなこと言うた?」
と、自覚はあるのに大ちゃんに少し嘘をついた。
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