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    [#16] 何とも言えない 『羊』

    KITSU

    2021/04/19 19:00

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    『羊』


    予備校の裏のコンビニ。

    ここの売り上げの八割は予備校生によるものだと思う。

    高校二年の後半になると生徒たちは学校にも行かず朝から予備校の自習室に篭った。


    LEGOはスタジオに火曜日と木曜日に集まる。

    練習したり、曲作りをしたり、無駄話をしたり。

    僕らのデビューアルバムのタイトルが「Tuesday and Thursday」なのはそれが理由。

    flumpoolもそこで練習していて、よく顔を合わせた。

    本当に偶然だが、僕の通っていた予備校と同じビルにその練習スタジオがあった。

    僕は予備校生時代とLEGO結成時代を合わせると、そのビルに通いまくっていたことになる。


    大学生になった僕は今から大学生になりたい予備校生の波をかき分け機材を運ぶ。

    僕を見て彼らは希望を持てたのだろうか。


    先生にやけにイケメンが多い気がした。

    現役大学生の男の先生が多かった。

    自習時間はその先生に生徒の女子が質問に集まる。

    何も思わないようにしていたが僕の好きな子がその先生に質問に行く時だけは露骨に目で追ってしまう。

    そんな自分が嫌で気分転換がてら裏のコンビニへ向かう。

    そのコンビニの横にはマンションがあり、住人のポストが並んだ一角は死角になっているのだ。

    マイルドセブンの八ミリに火をつけ煙を吐いても、さっきのイケメンの先生へのモヤモヤは消えなかった。

    この場所は予備校の男には有名で、さっきまで他の誰かが吸っていたのかマルボロの吸い殻。

    僕は正義感と自分に言い聞かせて自分と誰かの吸い殻を灰皿へ捨てた。

    未成年の喫煙者が正義感もあったものではない。

    自習室に戻るとまだあの子と先生が話していた。

    楽しそうに。

    タバコのせいか目が眩んだ。


    堂々とスタジオの休憩室でタバコをふかして、そろそろ時間だと機材を背負い帰路へ。

    ビルのロビーには受験生と先生が戯れる。

    去年はその輪の中に僕の好き人もいたのだ。

    客観的に見ると、なんてことない普通の先生と生徒の景色なのだ。

    なのに当時はそれを見る度にあんなにタバコの本数が増えたのはまだ子供だったんだろう。

    タバコの本数から自分が子供だと判断する未成年。

    歌詞になりそうだ。


    ロビーで生徒と戯れている先生と目が合う。

    僕のことを覚えているらしい。

    制服でもなくギターを背負った僕を見てよく僕とわかったものだ。

    「おー!田中!大学どうや?」

    先生が生徒とのお喋りを一旦やめて僕に聞いた。

    大学がどうも何も、ほとんどがバンドとバイトの生活にすでになっていた僕は「大学にはまだ友達もおんし、履修の仕組みがわからんくて、でも相談する友達もおらんから、いきなり履修の仕方をミスった」

    なんて今から大学に夢と希望を持って挑む生徒の前で言えるはずもなく。

    「友達いっぱいできましたわ」

    と嘘をついた。

    たぶん僕の返事が何だったとしても先生は「こんにちは」くらいの挨拶のつもりだったんだと思う。

    先生は「そうか」と口にして生徒の方に目を移した。

    生徒たちは僕が半透明かのように見たようで見ていなかった。


    大学に入って何をする?

    何も答えられなかった。

    でもなりたい職業はあった。

    一時期、学校の先生ということも考えたが自分が吃音であることに気づき始めた頃にそっとその夢は奥にやった。

    受験勉強しながら僕はバンドで食っていく夢を描いていた。

    その状況はすごく矛盾している。

    バンドマンに学歴はいらない。

    しかしもう一つ頭にあった職業がある。

    インテリアコーディネーターだ。

    昔からインテリアが好きだった。

    だからと言って何も詳しくもない。

    それになるには何をしたらいいのかもわからない。

    大学にはその答えが何となくあるんだろうと思っていた。

    バンドマンとインテリアコーディネーター。


    受験が近づくにつれタバコの本数は増えていく。

    一応コンビニに行くフリをしてタバコに行っているので立ち読みがてらコンビニには入る。

    しかしもうそこの本は読み切った。

    何度も読んだファッション雑誌をもう一度手に取り、まだ読んでいないページを探す。

    そういえばこの辺りはパラパラと飛ばしたなというページを見つけた。

    それは占いのページだった。

    メンズ雑誌ならではのつまらない占い結果が色々目に付く。

    「あの子に告白するなら今!」

    「このアイテムでモテ度アップ!」

    これはどうやら動物占い。

    僕の誕生日を照らし合わせると僕の動物は「羊」らしい。

    未来を考えることに疲れ果てタバコをふかす学生にどんなアドバイスがあるのだろう。

    羊の項目を見てみる。

    そこには羊の人に向いている職業が書いてあった。

    「ミュージシャン」と「インテリアコーディネーター」

    冗談でも嘘でもなくこの二つが書いてあったのだ。

    動物占いすらも僕の人生を弄んでいる気がした。

    気持ちを落ち着かせようと本来の目的のタバコに向かう。


    羊は群れで行動する。

    バンドとは確かに群れだ。

    羊はフワフワの毛に覆われているが本心は見えない。

    僕は確かにいつも本心は嘘で誤魔化す。

    タバコの煙を吸って吐いているうちに何かしらの邪念が煙と一緒に体から出ていくような気がした。

    というか吹っ切れたのだ。

    割り切れたのだ。

    動物占いですら僕の将来をこの二つのどちらかにしたいらしい。

    何を悩むことがある。

    自分が思うように悩みながらメ~走を続ければいい。


    バンド結成十五周年を迎えた。

    僕は今でもメ~走中なのである。



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