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    [#16] 行間と字余り 『カーラ』

    KITSU

    2021/04/22 19:00

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    『カーラ』


    【名】

    chara:ギリシャ語でかわいい者、親愛なる者


    三十四歳。

    これがアップされる頃には三十五歳になっているだろうか。(漢数字にするとゾッとするな…)

    昔思い描いていた三十代の自分は子供が二、三人いて、運動会では僕は他のパパよりも若くて足も速い。

    綺麗な奥さんと結婚したことにより子供たちは僕に似ず顔が可愛い。(僕みたいなこんな濃い顔の子供は嫌だ)

    子供の友達に、○○ちゃんのパパって若くてかっこいい!

    なんて言われている未来を想像していた。

    しかしどうだ。

    今この瞬間に子供ができてもその子の運動会が開かれる頃には四十歳という違うフェーズに入っているかもしれない。

    僕の周りには親戚、友人含め常に赤ちゃんがいっぱいいた。

    オムツ交換もした、お風呂も入れた、ミルクを飲ませ、ゲップもさせた。

    そして何人もの赤ちゃんを抱っこし腕の中で眠った。

    変な環境ではあるが実際そうなのだ。

    しかし僕はまだ子がいない。

    僕はその子らの父のように本当の意味で赤ちゃんを抱いたことはないのかもしれない。

    自分の子となると何か違うのだろうか。


    グロッケンってわかる?

    楽器。

    鉄琴みたいな小さいやつ。

    甲高い金属音でそれは安心感やノスタルジックな感覚を覚えさせる音色だ。

    作曲の段階で勝手にこの音が頭に鳴り響いていた。

    その音がこの曲の歌詞を導いた。

    グロッケンの音はどこか懐かしく過去を想像させる

    しかしそれでいて何かが始まる、でも鐘ほど大きな音ではない。

    水滴が波が一つも立っていない水面に落ちるような、可愛らしい音に聞こえた。

    前作「Quartette Parade」の最後の曲「OPENING THEME」はこのアルバムの一曲目「カーラ」への始まりの音。

    人が生まれる時と人が死ぬ時。

    それだけが僕らに与えられた平等。

    メンバーに子供ができたんだ。


    バンド的にはこの頃がメンタル的に一番底に居たと思う。

    デビューからの勢いに乗れず曲を書いては捨て書いては捨て。

    納得いくものの基準を自ら上にしていた。

    そして自らの首を絞め続ける日々だった。

    メンバー間の会話も少なくなっていたように思う。

    スタジオに篭っても曲は出来ない。

    アルバム「Mother Ship」は出航できずにいた。

    休憩中に大ちゃんに赤ちゃんの最近の写真や動画を見せてもらうことが数少ない癒しだった。

    彼は家に帰ればパパになり、僕ら三人と違い自分一人を食わせればいいという状況から外れる。

    想像も出来なかった。

    僕は音楽が「音が苦」に変わってしまっていたからだ。

    家に帰ってもその苦しみからは解放されず、ずっと音が頭で鳴り歌詞が頭の中で運動会をしている。

    そんな頭で子供と接する余裕はないなと感心していたが、彼が家に帰っても音楽のことで頭が一杯だったかは今となってはわからない。


    忘れらんねえよというバンドのサポートギターをしていた。

    忘れチームでは僕は歳が一番下になる。

    とても可愛がってくれた。

    それはメンバーだけではなくスタッフも然り。

    彼らは今となっては珍しいバンドだ。

    酒を飲み、胸ぐらをつかみ合うほどの喧嘩を始め、翌朝には忘れてケロっとしているという今では天然記念物のようなバンドだ。

    全然忘れらんねえよじゃない。

    覚えてらんねえよだ。

    各地での打ち上げにて何故か家族の話になったことがある。

    僕の横には忘れのチーフマネージャーの澤藤さん。

    澤藤さんには奥さんが居て、可愛い一人娘がいる。

    誰かが「嫁のために死ねるか?」みたいな質問をした。

    その場の既婚者はなんとも言えぬ表情をして何故かヘラヘラしている。

    これに僕は笑ってしまった。

    現実と照れと慣れが混じり合ったとてもいい表情だった。

    そのあと誰かが「子供のために死ねるか?」みたいな質問をした。

    すると澤藤さんが即答する。

    「二秒で死ねる」


    僕にもいつか子供ができるのかも。

    その時はまだステージの僕を見てもらえるだろうか。

    確実に過保護になるのでいつも僕は自分の心配をしている。

    でも僕が思うほど子供というのは弱くなく逆に逞ましいのかもしれない。

    少なくとも今の軟弱な僕よりは確実に逞ましい。

    だとしても本当は自分の子供には雨にも濡れて欲しくないし、綺麗なものだけを見て生きていって欲しい。

    でも現実はそんなことないから。

    綺麗事ばかりではいかないこともあるだろう。

    傘もないのに土砂降りで靴下までビッショリ濡れて風邪をひくことだってあるだろう。

    天使のような子供たちはいつ天使じゃなくなったのか。

    あの凶悪犯も馬鹿な政治家も天使だったのだから。


    レコーディングの日。

    ドラムを録る日なんてギタリストはだいたい暇なのだ。

    ギター は主に最後の方に録ることが多い。

    その日はどこにも預けることができなかったとスタジオに大ちゃんが赤ちゃんを連れてきた。

    違う部屋でスヤスヤ眠る子をたまに覗いてはレコーディングをしていた。

    泣き声がする。

    部屋に入ると臭いで何故泣いているのかすぐにわかった。

    うんちをしてオムツが気持ち悪いのだ。

    大ちゃんを呼ぼうにも今ドラムレコーディングの佳境だ。

    邪魔するわけにもいかない。

    僕は親戚の子以来なかなか久しぶりにオムツ交換に挑んだ。

    大ちゃんの子供のうんちが僕の指に付いた。

    世界はもうこいつのものなのかも。



    『カーラ』



    君はいつか大きな羽でこの世界を羽ばたく

    まだ君にはわからないだろう けど少ししたらわかるさ


    朝は優しくて君みたいだよ

    太陽眩しくて君みたいだよ

    綺麗な音がしたよ

    3月のことさ

    そうか君は天使


    君はいつか大きな羽でこの世界を羽ばたく

    いつか僕は先に行くから 振り返らずに飛ぶんだ


    天気は気分屋で君みたいだよ

    夜は澄みきって君みたいだよ

    綺麗な音がしたよ

    3月のことさ

    そうか君は天使


    雨にも濡れずに歩いて生きていてほしいけど毎日はそんなことないから

    何が起こるかわからない時代を生きていく

    強くなろう 世界はもう君のものなのかも


    君は2人の遠い誓いだよ

    君は無限なんだ 君次第だよ

    前に見えるのは近い未来だよ

    手を伸ばせばもう届きそうだろ


    いっそ綺麗なものしか見ないで生きていてほしいけど現実はそんなことないから

    色んな事や人が君を待っている 悪くはない 世界はもう君のものなんだよ

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