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[#197] 何とも言えない 『桑田佳祐さんと一緒にステージで』
『桑田佳祐さんと一緒にステージで』
もう涼しくなって夏が終わったと言っていいんですかね。
そりゃもう十月ですもんね。
夏ではないな。
夏と言えば今年でサザンの夏フェスが最後になるという。
現地に行けないがセトリをすぐに検索してニヤリ。
ライブレポも読んでニヤリ。
なんの面識もないに決まっているが僕らは一度だけ桑田さんと同じステージに立ったことがあるんだ。
あれは何年前になるだろうか。
山中湖。
夏でも夜は寒い。
あのフェスに行ったことがある人はわかるんじゃないか。
軽く雨も降って新人としてトップバッターの出番を終えた僕らはそこからはただの客としてフェスを楽しんでいた。
前年度はオープニングアクトだったので出番がもっと早かった。
僕はボーカルのキンタさんと一緒にくるりの物販に普通に並びTシャツを買った。
富士山が顔を出すことはあまりない。
だからこそ見えた時の嬉しさは計り知れない。
自分が日本人なのだと再確認する。
サザンが今年で最後の夏フェス。
しかもその前に出てるのがイエモン。(イエモンのセトリもやばかった)
なんという並びだ。
ライブレポではアンコールの「勝手にシンドバッド」ではその日の出演者全員がステージに登場したらしい。
それを読んだ時、僕は最寄りの駅のホームに風に吹かれていた。
その風は東京の風。
山中湖の風を懐かしんでしまう。
十年以上の時が経った自分たちのことを思い出した。
僕らの時は「希望の轍」だった。
「最後桑田さんが全員呼び込むらしいから準備しといて!」
マネージャーが信じられないことを言う。
「もうまーまー飲んでしまってますけどいいんすか?」
「そんなに酔っ払ってないでしょ?これ以上飲まないでね」
そりゃ飲めないに決まってる。
自分たちのライブより緊張する案件が急遽決まった。
ステージで何をしていればいいのかはわからないが新人バンドらしく賑やかしくらいさせていただこう。
「キンちゃん、希望の轍知ってるよね?アンコールで各アーティストで歌い回すらしいから!」
なんだって!?
希望の轍を演るのか!?
ソロで出演しているけどそんなサービスもあるのか!!
僕が子供の頃からオトンとのドライブでよく聴いていたあの名曲を。
想像しただけでやばい。
コラムを書いている立場でやばいという語彙力もやばい。
するともっとやばい言葉が聞こえた。
「希望の轍ってなんすか?」
希望の轍を知らないうちのボーカルが一番やばい!!!!!
紙とペンを用意して机に向かう。
フェスのバックステージであまり見ない光景。
マネージャーのパソコンからは希望の轍が永遠にループされている。
キンタさんは紙に歌詞を何回も何回も書き写す。
そこに至るまで一悶着あった。
「ヒロキ、その曲知ってるならヒロキが歌ってや!」
彼は純粋な気持ちで言っている。
どこにお客さんからしたらどこのバンドかも知らん新人バンドのギターが突然サザンの名曲を歌う世界線があるのだ。
ボーカルが一節歌わせてもらうだけでも既に時空が歪んでいる世界線なのに。
「いや、ボーカルが歌わないでどうするのよ。いきなりギターが歌うってカラオケかよ。ってかほとんどのお客さんからしたら誰がボーカルで誰がギターかもわからんやろうけど」
全員が思っていたことをマネージャーが代わりに言うてくれた。
でも絶対に言い過ぎだと思う。
キンタさんは真面目な人である。
頑張る方向を間違えたり、真剣な思いがあらぬ方向に行ってしまうだけで。
そこからは壊れたペッパーくんのように「希望の轍」を繰り返すキンタ。
手にもマジックで歌詞を書いたが希望の轍の全ての歌詞を手のひらではカバーできずに手首まではみ出している。
後にそれは手汗なのか山中湖の雨なのか滲んで消えることになるが。
でも朗報があった。
桑田さんのステージにはプロンプターという画面があるのだ!
これは歌詞やコードをど忘れした時や不安な時に確認するなどに見る画面。
カラオケの時に皆さんが見る歌詞が流れるやつだ。
それのダサいイメージ映像がないバージョン。
でもそれはあくまでも保険用。
というか希望の轍の歌詞なんて年代が違わない限り頭に入ってる人が多い。
ミュージシャンなら尚更。
僕らの、キンタさんの自分のライブよりも緊張する時間はもうすぐ。
夜になりもう富士山は見えない。
真っ暗な湖は神秘的で恐怖すら感じる。
ロックの日本史があるなら教科書に載るであろう、あのイントロが流れる。
希望の轍だ。
「今日の出演者全員出てこーい!」
桑田さんの号令で一斉に出ていく。
「うわ」
僕は思わず声が出た。
目の前に広がるのは何万人という人の海。
桑田さんのバンドの中音を全身で感じる。
一流の演奏家たちのアンプから出る生の音。
平衡感覚を失いそうだ。
こんな中うちのボーカルはさっき覚えた歌詞を間違わずに歌えるのだろうか。
決まってなかったが流れ的にキンタはここを歌いそうだ。
二番の冒頭。
「波の音は今宵もブルー 愛しい君の名を誰かが呼ぶ」
なんてこった。
この箇所は一番とメロディが少し変化する。
「今宵もブルー」のところだ。
歌詞で頭がいっぱいでそんな絶妙なメロの変化を彼が覚えているとは思えなかった。
信じられない光量がステージに集まる。
照明も、桑田さん自身から出る光も。
「lego big morl!!」(当時は小文字)
桑田さんが僕らのバンド名を叫んだ。
信じられない。
キンタが歌う番だ。
メロディは怪しい。
でもなんとか歌っている。
歌詞が流れるプロンプターを凝視している。
彼は豪華すぎるカラオケをしているだ。
おかげで歌詞は間違ってはいない。
覚束ないが自分の番を全うしようとしているその時。
桑田さんが後ろからキンタを目隠ししたのだ。
すごい事が起きている。
プロンプターを凝視するキンタにふざけて目隠しをしたのか。
名曲、希望の轍の歌詞もわからないのか!という思いからくる行動なのか。
こいつは追い込めば何か起きると瞬時に判断してくれたのか。
それは今でもわからない。
歌詞が見えずパニックになるキンタ。
それを面白がる桑田さん。
子供の授業参観の気持ちだがすごいステージに一緒に立っている僕を含めたメンバー。
孫の授業参観の気持ちでそのステージを見るLEGOのスタッフ。
「イェーーーーー!!!」
追い込まれたキンタはゴール寸前で歌詞やメロを無視して叫んだ。
大御所からの突然の目隠しにテンパって叫んだ若手ボーカル。
構図としては面白い。
それに対して何万人という観客が呼応してくれた。(ように思う)
夜の山中湖は寒いくらいだ。
でも照明の暑さではないすごい汗が何もしていない僕の背中を流れたのがわかった。
オトンの車のステレオから流れていた声。
トヨタのタウンエース。
大阪の羽曳野市という田舎を走る。
歌詞もわからず一緒に歌ったあの曲が空気を伝い今耳に入る。
生で。
羽曳野市の田んぼの匂いと山中湖の匂いは似てるが違う。
それはステレオと生の違いと比べると微々たる差なんだろう。
実は桑田さんとうちのオトンは少し顔が似ている。
少しだけやけど。
あのステージでも、このコラムを書いてる時でもずっとオトンとのドライブが頭に浮かぶ。
桑田さんのライブは見たし、一緒にステージ上がらせていただいた。
サザンのライブを見たことはない。
いつか行きたい。
タイミングが合えばオトンと。
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