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[#12] 何とも言えない 『大阪雑技団』
『大阪雑技団』
校則のヘルメットを律儀にかぶって自転車に乗るのは新一年生だ。
二年も三年もヘルメットは前カゴが定位置だ。
中学校から二キロ以上離れた所に家がある者は自転車通学が許されている。
学校から一キロと九百メートルの所に家がある人はなんて可哀想なんだ。
チャイムが聞こえる。
僕の家は中学ととても近く、本気で走れば二分で校門をくぐれる場所にあった。
自転車置き場の金網には穴が空いていて、忘れ物をすればそこから外へ出て家に取りに帰ったり、昼休みには家のばあちゃんの昼ごはんを食べに帰った。
放課後はだいたい僕の家の前に友達が集まる。
校門を出てすぐにあるし、自販機も近くにある。
自販機には何が出てくるかわからない「?缶」というボタンがあったがそれを押しても売れ残りの不味いジュースしか吐き出さない。
そんなことよりも友達皆んなが僕の家の前に集まるのには理由があった。
学校から家までの距離が二キロ未満の友達が自転車を僕の家の前に停めているからだ。
ボールを当てられ凹む隣の家の車。
二人乗りして帰る先輩カップル。
いつでも使えるように僕の家の玄関前に散らばるサッカーボールに野球のグローブにスケボー。
探偵と呼ぶのかケイドロと呼ぶのかわからない遊び。
夕暮れはサヨナラの合図。
何が面白いのか暗くなるまで僕らは遊ぶ。
一緒に暮らしていたじいちゃんは寡黙であった。
友達といつもの調子で家に帰ると庭の花に水をやりながら、自転車を停めている友達に「駐輪代一人百円やなぁ」と言った。
顔色一つ変えずにそんな冗談を言うもんだから友達は皆んなガチだと思い財布を開けた。
それを見て、ふふふと笑い部屋に帰っていった。
僕は慣れているが、たまにしか会わない友達はかなり絡みにくかったに違いない。
さて。
今日も僕の家の前で何して遊ぼうか。
誰かが複数のことを同時に何個できるか。
みたいなことを言いだした。
その一言から謎の遊びが始まった。
リフティングしながら自販機に「?缶」を買いに向かう者。
傘を足の甲にバランスよく立てたまま駄菓子を食べる者。
目を瞑りながら走る者。
各々が頭の悪い行動に出る。
今考えると何が面白いのかわからないが、そんなことで腹を抱えて爆笑できるあの頃を愛おしく思う。
女性は複数のことを同時にでき、男性は二つ以上のことはできない。
よくこんな感じのことを聞く。
舐められたもんやでと思っていたがさっきから全員二つのことを同時にやっているのみで、三つ以上のことをできる者はいなかった。
そこに偶然「タケル」が自転車に乗って現れた。
彼は近所に住むが一緒に遊ぶほどの仲ではない同級生だ。
「ういっすー」
くらいの挨拶をしようと彼に近づくと、僕らは地面にめり込む勢いで倒れ込みながら爆笑した。
彼は自転車に乗りながら、少年ジャンプを読み、ゲームボーイをし、ジュースを飲んでいたのだ。
想像がつきにくいでしょう?
説明しますね。
自転車に乗りこちらに向かいながら、そのハンドルにジャンプを開き、両肘でジャンプを開けながらその肘でハンドルを操作し、その雑誌の真ん中の方でゲームボーイをし、口にはドリンクホルダーにセットされた缶ジュースから長いストローが咥えられていた。
「雑技団かよ!」
という誰かのツッコミもまたツボに入った。
タケルは何がそんなに面白いのか?みたいな顔をしている。
このゲームの勝者は確実にタケルなのだ。
誰もこれには勝てない。
しかも意図せずにだ。
帰宅する生徒たちが僕らの様子を見ている。
見たくなくても校門から近すぎるが故そこを通るしかないのだ。
僕の好きな子が通りかかる。
女バスの練習が終わったのだろう。
爆笑する僕らを怪訝な顔で見ていた。
それに気づいた僕は誰よりも先に立ち上がった。
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