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    [#12] 行間と字余り 『Noticed?』

    KITSU

    2021/03/25 19:00

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    『Noticed?』


    Noticed?

    【動】

    気づいた?



    世の悪い面を映す液晶をテレビというのだろうか、それはあまり有益な映像を僕に見せてくれない

    歌舞伎町や渋谷が夜を通り抜けた匂いは酒の匂いとカラスが突き破いたゴミ袋から溢れた生ゴミの匂い。

    それらは朝の爽やかな匂いと混ざり吐きそうだ。

    真顔で適当な嘘をつけるようになった僕が誰かの嘘に悲しむ。

    なんだこんなもんか。

    知ったような口をきいて達観したかのような生意気な歌詞を書いた。

    怒りとかすかな望み。


    学生の頃。

    あんなアホでも大人になれているんだ。

    あんなアホでも死にはしない程度のお金を貰える仕事に就けているんだ。

    あんなアホでもそれなりの嫁を貰って結婚生活を送れているんだ。

    あんなアホでも子供を授かり一丁前に教育しているんだ。

    この世界はなんて楽勝なんだろうか。

    こんなことを考えていた僕はどんなアホだ。


    山中湖には鹿がいる。

    奈良公園で見たものとは違う。

    鋭い目、山を駆け上がる筋肉、車に轢かれた仲間。

    彼らには怖さがあった。

    曲作り合宿は後半戦。

    締め切りが迫らないと本腰を入れないバンド。

    それがLEGOだ。

    曲は数曲出来上がりアレンジ作業に入っていた。

    僕は歌詞に追われ、メンバーとは離れ合宿場の大浴場のロビーの机でキーボードを叩く。

    どこかの大学の軽音サークルの学生が同じ敷地内で合宿をしていた。

    彼らのキャッキャと楽しそうに騒ぐ声は僕を苛立たせるのに充分だった。

    しかし大浴場は朝から夜までは学生も誰も来ない集中するにはもってこいの場所。

    そんなに年は離れていないが学生の彼らに自分を重ね、先ほど一つ前の段落で記した「あんなアホでも~」という考えの学生時代の僕を思い出し、大浴場で一人赤面した。

    しかし同時にこの曲の歌詞が思いつき、赤面の中この歌詞を書いた。

    学生の彼らと学生時代の自分に向けて。


    潔癖すぎてフローリングにホコリがあればすぐに掃除をしたいため、いつでもホコリを感じれるように敢えてスリッパは履かない。

    そんな人の話を聞いた。

    もうこうなると落語みたいだ。

    結果綺麗にするためとは理解しているが、この話に僕は笑ってしまった。

    人は慣れる生き物だ。

    どんな環境に慣れてしまうかはそれまでその環境が綺麗か汚いか、はたまたそれ以外か。

    潔癖にも不潔にもなりたくはない。

    美意識と逞しさが欲しい。


    産まれてから死ぬまで。

    いくら寄り道をしようが、寿命が短くとも長くとも。

    人生というのは一本の糸になっている。

    蘇りやパラレルワールドなどが存在しない限り。

    その人生は楽勝ではないとさすがに今ならわかるし、すでにこの歌詞を書いた頃にはわかっていた。

    しかし人生を一本の糸とするならば、楽勝ではないが単純なのではないだろうか。

    だんご結びにしたり、からまったりして複雑に見えるかもしれないが、そうしてるのは実は自分自身なのだ。

    ゆっくり落ち着いて、その糸をほどいてやればいい。

    糸が切れるまでは生きてやろうぜ。


    夏も終わりに近づいている山中湖は夜になると白い息が出た。

    ジョンメイヤーのDVDを観ながら少し酒を飲んだ。

    僕らには才能がある。

    僕らには欲望がある。

    酒は僕らを調子に乗らせ饒舌にする。

    合宿最終日ということもあり、酒を余らせても仕方がない。

    酒の弱い僕らは酒をいつもより多く飲んだ。

    ジョンメイヤーはトリオからフルバンドへとキャプチャーが変わっていた。

    僕らには才能がある。

    僕らには欲望がある。

    これらは抱え込んでいても仕方がない。

    スリーツーワンで解放せよ。

    そうすりゃ羽だって生えるし、エラ呼吸だってできる。

    本気で思った。

    かなり酔いが回っているようだ。


    今現在、何か困難が立ちはだかるたび僕はこの曲のこの歌詞を思い出す。

    困難から逃げるようにどこかに旅に出たって、どこにいたってこの僕は僕だ。

    このような自分で書いた言葉に何度か救われたりした。

    誰かを救えていたら嬉しいが、逆に残酷な気もしている。

    逃げても無駄だと言っているのだから。


    もう会えない人がいる。

    彼らは彼らなりにこの世界を飛び回り、泳ぎ切ったのだ。

    僕はどうその人生を終えたいだろうか。

    生意気にも山中湖でその時の僕が思いつく形容詞を並べた。

    今でもあの六つの形容詞でいいのかわからない。

    今なら違うものを書くかもしれない。

    つまり。

    僕がまだ何も気づけていないことに気づいた?


    『Noticed?』


    目を閉じろ

    見たくない物が多い

    鼻を塞げ

    いい匂いなんてない

    口を閉じろ

    嘘は言いたくはない

    耳を塞げ

    それでも嘘は多い


    この世界は単純で絡まったように見える糸も

    1 本で死へと向かう その糸はそう長くはない

    この世界を複雑にしているのはそう、この僕だ

    321 ですべて開放だ


    手で触るな

    人間は綺麗じゃない

    それでも人は人を必要とする

    素足で歩くな

    世界は綺麗じゃない

    それでも人はその世界を生きる


    僕はこの才能を

    僕はこの欲望を

    世界にまき散らして

    そうすりゃ羽だって生える

    エラ呼吸だってできる

    まだ気づいていないのかい?


    誰もいない 遠い遠い地へ

    逃げるように旅立ってみようか

    いや、それは何の意味も持たない

    どこにいたってこの僕は僕だ


    この限りある命の中で飛び回るよ、泳ぎ切るよ


    温かく 強く

    美しく 速く

    優しく 深く

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