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[#10] 何とも言えない 『Mステの次の日』
『Mステの次の日』
オンボロの車が六本木を走る。
ダッシュボードにガムテープで固定された激安のカーナビは東京の道にテンパっている。
車種はマツダのボンゴフレンディ。
バンドメンバーでお金を出し合って大阪で中古車を買ったのだ。
バンドには機材車がいるのだ。
それが足にもなり、寝床にもなる。
信じられないくらい安かったから事故車だったのかもしれない。
港区ではピカピカの高級外車が当たり前のようにうじゃうじゃ湧いてくる。
僕らの車は恥ずかしそうに赤信号で止まる。
いつかの打ち上げ終わりに酒に酔った僕が窓から顔を出して吐いたゲロが車の左側面に付いて固まっている。
車が走りながらの嘔吐だったのでそれは綺麗なラインとなり車体を装飾した。
おーあれが六本木ヒルズか。
おーその中にテレビ朝日があるのか。
こんな汚い車にちゃんと入庫許可がおりるのだろうか。
今日僕らはMステに出るのだ。
幼稚園から高校まで共に過ごした幼馴染がいる。
習い事も塾も部活も右頬をおっさんに殴られた時も、どんな時も横にいた男だ。
彼の名前は藤田。
そんな彼が結婚するという。
当時僕らは二十三歳。
比較的早い結婚なのだろうか。
とにかく僕の友達関係の中では一番早い結婚だった。
成人式の時にじいちゃんに買ってもらったスーツをやっと着れる。
人生二回目のスーツが藤田の結婚式になりそうで嬉しかった。
彼とは家族ぐるみの付き合いだったため、すぐに彼と顔が全く同じの彼の母親の喜ぶ顔が浮かんで笑えた。
警備員に指示された場所は高級外車と高級外車の間に空いたスペース。
かなり慎重に大ちゃんが駐車している。
服装も挙動も全て田舎者丸出しだったに違いない僕らは楽屋に案内され、やっと息を吸えた気がした。
まだ嘘みたいだ。
数時間後にMステに出るのかー。
まだ他人事のように感じていたところに、スタッフがこう言った。
「タモリさんに挨拶に行きましょうか」
全員が絶句したが反射的に僕はこう言った。
「タモリさんって実在するんすか」
これが僕の第一声な時点で僕はまだ他人事だったんだと思う。
タモリさんの楽屋は広く、奥には畳のスペースもあった。
タモリさんは思ってるよりも小さく、しかし僕のような若造にもはっきりと見えるオーラで覆われていた。
優しく「よろしく」と言われたことしか覚えていない。
今日僕らはMステに出るのだ。
藤田の結婚式には何故か僕の両親も呼ばれていた。
招待状が届いた時はなんでやねんとオーソドックスにツッコんだ。
いくら家族ぐるみの付き合いとはいえ親戚でもない、ただの息子同士が親友ってだけで呼ばれる近所のおっちゃんおばちゃんも珍しいだろう。
式の当日、藤田の両親よりも先にうちのオトンが泣いていた。
わけがわからん。
僕は逆に式に集中出来ないでいた。
親友の結婚も初めて、親族以外の結婚式に出席するというのも初めて、かしこまりながらも幸せに満ちた独特な雰囲気も初めて。
それらがなんてことない景色のように流れていくのは何故か。
僕は余興を頼まれていた。
僕というか僕ら。
LEGO BIG MORLは式での演奏を頼まれていた。
その段取りや緊張で美味しいであろうご飯の味も何を食べたかも覚えていない。
藤田の上司の挨拶が面白くなく長かったことだけは覚えている。
しかも僕らLEGOはほぼ寝ていない。
何故か。
前日僕らはMステに出たのだ。
その日の共演者は錚々たるメンツで(錚々たるメンツじゃない時はない)その中にaikoさんがいらっしゃった。
もちろん面識などあるはずもなく同じ大阪出身だなぁとしか思ってなかったのだが、aikoさんのマネージャーさんが楽屋に来られてLEGOのマネージャーと話しながら楽屋から出て行った。
あぁマネージャー同士では面識はあるもんなんだなぁと思い、もう一枚孤独感を羽織った。
本番の前に本番と全く同じことをリハーサルすることをランスルーという。
高身長と大阪出身というトピックしかない僕らに気を遣ってくれたのか、aikoさんと同郷トークをすると台本に書かれていた。
大阪と言っても広い。
確実にお互いの地元が全く違う場所であるということは事前の調べでわかっていた。
でもそんなことよりメインで話すキンタがちゃんとした受け答えができるのかが一番の気掛かりだった。
ランスルーが始まる。
本番と同じことをすると聞かされた僕らはきちんと本番と同じ衣装に着替えスタジオに向かったが他の出演者は皆まだ私服で余計に居心地が悪くなった。
緊張でそこからの記憶はない。
気づいたら楽屋に戻っていた。
もし僕がメインで話すことになっていたらキンタよりもよっぽどちゃんと出来なかっただろうな。
偉そうに人の心配していたことが恥ずかしくなった。
司会者は大袈裟に僕らを紹介した。
昨日の司会者はタモリさんだったが、今目の前にいる司会者は恐らく藤田本人も知らないであろうおばさんだ。
「昨日ミュージックステーションの出演を終えて、そのままこの式のために車で大阪に走って来てくれました!」
酔った藤田の上司が「よっ!」みたいなことを言っている。
大阪の式場でもゲロのついた僕らの車は浮きに浮いていた。
六本木とか東京ってことが問題じゃない。
あんなオンボロの車に乗っている僕らが問題なのだ。
楽器をセッティングしているそばからうちのオトンが誰よりも寄りで写真を撮っている。
大ちゃん以外の三人は高校が同じなので藤田とも面識はある。
ここまで来たらもう雑音は消えた。
集中出来ていたように思う。
僕はLEGOを代表して言った。
「この度はご結婚おめでとうございます。心を込めて演奏します。聴いてください『Ray』」
本番は僕らの高身長にランスルーの時よりタモリさんが食いつき、それに反応したキンタが何故かメンバー全員の身長を発表し出した。
「それでは歌ってもらいましょう~」
タモリさんがこう言ったらトークコーナーは終わりだ。
僕らのトークは台本にあったaikoさんとの絡みもなく全員の身長を言っただけになった。
定位置に着くと急に全身が心臓になったかのような大きな脈を打った。
LEGOは生演奏。
ギターの弦が切れたらどうしよう、アンプの不具合が起きたらどうしよう。
本番は始まっているのに、本番の演奏の直前に悪いことばかり想像してしまう。
演奏が始まる。
赤いスキニーを履いた僕は何も爪痕を残せずに終わり、悔しさからピックを地面に投げつけた。
楽屋に帰ると友達や後輩からたくさんのメールが来ていた。
そのどれもが僕のピック投げをいじるものだった。
ムカついたが東京のテレビ局でそのメールにとても助けられた。
本番が終わると挨拶も含め、名刺交換のように各アーティストがCDを交換し合う。
aikoさんはメンバー全員にそれぞれにCDをくれた。
そして僕には何故かもう一枚。
楽屋でCDを開けてみると、そこにはサインとは別に僕らそれぞれの名前入りのメッセージ。
本番前に楽屋に来られていたaikoさんのマネージャーは恐らく僕らの個人個人の名前を聞きに来たのだとその時わかった。
そして僕はもう一枚の方のCDを開けてみた。
そこには明日結婚式をする藤田の名前と彼へのお祝いメッセージが書かれていた。
何故僕らがこのまま車で夜走りで藤田の結婚式に向かうことを知っているのか。
知っていたとしてもなんて優しい方なのだ。
aikoさんすげー良い人。
改めて楽屋にお礼を言いに行った。
藤田にいい土産ができた。
そして僕らはMステとaikoさんからの気遣いという興奮冷めやらぬままテレ朝で、いや港区で一番汚いであろう車に乗り込んだ。
明日も本番だ。
明日もRayを歌う。
帰り際に恒例のMステのティッシュをもらった。
藤田にいい土産ができた。
簡易的な機材ではあったが僕らは最高の演奏ができたと思う。
会場からは温かい拍手もいただけその日のピークみたいなものは作れたと思う。
「この度はおめでとうございます」
改めて僕は代表してマイクを取った。
「それからお土産もあります」
Mステのティッシュをあげた。
会場は程よい笑いに包まれた。
「もう一つお土産があります」
aikoさんからもらったメッセージ付きのCDであることを告げ渡す。
するとどうだ。
会場は僕らの演奏より盛り上がってしまっているではないか。
こんなはずじゃなかったが今日はそんなことはどうでもいい。
僕らは二日間で二回の最高の「Ray」を演奏することを達成した。
Mステと親友の結婚式。
比べようもない二日間。
僕にとってどちらも自分の人生において大切な演奏になったことは間違いない。
今では正月くらいしかゆっくり会えない藤田。
今では子供が二人いてパパになった。
正月やお盆で帰ると、酔った藤田はカラオケに行くと必ず下手くそな「Ray」を歌う。
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