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    [#9] 行間と字余り 『ユリとカナリア』

    KITSU

    2021/03/04 19:00

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    『ユリとカナリア』


    ユリ

    【名】

    ユリ(百合)はユリ目ユリ科のうち主としてユリ属の多年草の総称である

    カナリア

    【名】

    カナリアはアトリ科に分類される小鳥、及びそれを原種として品種改良された愛玩鳥フィンチの一種


    庭には草花がいつも綺麗に咲いている。

    庭というには質素すぎる庭に。

    一つも名前も知らないが綺麗なことだけはわかった。

    毎日きちんと手入れをしないとこうはならない。

    なんて僕はわからず水あげれば勝手に咲くとさえ思っていた。

    部活から帰るとそこに毎日爺ちゃんの姿があった。

    買い換えればいいのにガムテープでヒビを補強した水色のジョウロで花に水をやっている。


    庭では鳥たちがいつも鳴いている。

    庭というには車庫っぽさもある庭で。

    一羽も名前も知らないが可愛いことだけはわかった。

    毎日世話をしないと可哀想だ。

    なんてくらいはさすがにわかる僕は彼らの歌声を常に聴く日々だった。

    風が強いと鳥かごを外から部屋に移動させる爺ちゃんの姿があった。

    買い換えればいいのに近年よく見る金属のかごではなく木製のかごに鳥たちを住ませる。


    大阪府羽曳野市は古墳が多くて有名である。

    僕は幼い頃はずっと森だと思っていたし、どこにでもあると思っていたがそんなことはないらしい。

    古墳は絶対に入ってはいけない。

    国が管理している。

    先に言っておくが、もう時効だし爺ちゃんはもう死んでるので許してやってほしい。

    僕と爺ちゃんは何回か入った。

    単独行動なら爺ちゃんは何回も入ってるはず。

    何回も言うが、もう時効だし爺ちゃんはもう死んでるので許してやってほしい。

    そこで野鳥を捕った。

    人が介入することのない自然は美しくも恐ろしいと小さいながらも肌で感じた。


    恋に勉強にバンドに忙しい僕は平日の昼間に家でゴロゴロしていた。

    でももうLEGOの活動は始まり単位はギリギリアウト、彼女は就活に忙しく時間が合わない。

    そんな中、LEGOの歌詞を書かないといけない数日間だった。

    言葉が出てこず環境を変えようと自分の部屋からリビングへとノートとペンを移動させた。

    リビングのテーブルにはカナリアの住む鳥かご。

    風が強い日だった。


    飼われている動物に憧れたことはないか?

    ペットになりたいと。

    僕はある。

    別に性的な意味ではない。

    食べ物と住処を用意されてトイレの始末までしてもらえる。

    犬などに至っては毎日外で遊んで貰え、猫は寝て食べて遊ぶ。

    こんな憧れを見透かされたのかカナリアは僕に言う。

    「自由を履き違えるな」

    不自由がないからといって、そこに自由があるわけではないのだ。

    羽は広げることはできない。

    かごとは彼の世界であり社会だ。

    僕はかごよりは広い世界を生きている。

    しかし本当の意味で自分の羽を思い切り広げたことはあるのだろうか。


    僕はとても華奢で何を食べても太らない学生生活を送っていた。

    身長はあったが腕も細く、頼り甲斐はなかったであろう。

    彼女と歩く夜道、もし不良に絡まれた暁には僕はどんなに情けない姿を晒すのか。

    そんなことを心配したりしていた。

    真剣に。

    彼女はいつも笑顔の誰の悪口も言わないような女性。

    花で例えるなら薔薇というよりはユリのような奥ゆかしさがあった。

    今少し筋肉のついた僕を見たら彼女はなんて言うだろうか。

    「その腕ならもうこの世界を飛べるかもね」

    なんてあの笑顔で言われたいものだ。

    あの頃はまだ今も彼女が僕の隣にいると信じていた。

    信じていたというよりは隣にいることが自然の摂理とさえ思っていた。


    音楽、カナリア、将来への不安、彼女、誰にでもある無意味な焦り。

    現状僕の大事なものと、この時期特有で誰しも経験するような心情を全力で背負い込んで僕は毎日を生きた。

    しかしマイナス思考が祟って想像する未来はいつも暗いもので脳はその先の映像を見せてはくれない。

    すがるには一番楽ではあるが、すがるには一番情けない。

    それが彼女であろう。

    すがる理由もその彼女との未来への不安だ。

    そこには音楽が付随している。

    音楽で食べていけるのか。

    音楽で彼女を幸せにできるのか。

    その全てを僕はカナリアに話した。

    時間だけはある。

    なんたって単位の足りない大学生だ。


    未来は暗い。

    道には迷う。

    彼女には薔薇のような棘はなく僕が守るしかない。

    こんなことを話した。

    気がする。

    正直カナリアは返事なんてしてくれない。

    おとぎ話のような会話もない。

    僕は僕の都合のいいようにカナリアの鳴き声を返事と捉え、鳥語の翻訳に勤しんだ。


    「僕の微々たる力で風でも起こしましょう」

    「そしたらうまく君は飛べるかな」

    「それでも怖い時は僕が風にでもなろう」

    「そしたらうまく君は飛べるかな」


    ピーピー鳴いてるカナリアの声をこんな可愛くて心強い、都合のいい返事に翻訳して僕はそのことを歌詞に落とし込んだ。




    『ユリとカナリア』


    Take you high 赤い鳥は喋るように鳴く

    僕の赤い羽で高く、高く

    Take you high 赤い鳥は悲しげに鳴く

    羽はカゴの中で広げないでしょう


    飢え 悲劇 憂い

    そんなこともそっちはあるのでしょう

    でもそれは自由な世界がそっちにはあるおかげでしょう


    Take me high ユリのような君はこう言う

    「あなたの細い腕で世界を飛べるの?


    カナリア 暗い未来に光をくれ

    この道に迷わないように

    君はバラっていうよりユリのよう

    トゲのない君の盾になろう


    僕の微々たる力で風でも起こしましょう

    そしたらうまく君は飛べるかな

    それでも怖い時は僕が風にでもなろう

    そしたらうまく君は飛べるかな

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