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    [#7] 何とも言えない 『右頬』

    KITSU

    2021/02/15 19:00

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    『右頬』


    近鉄電車は忙しなく走る。

    一応急行も止まる駅だけあって踏切の音は止むことはない。

    駅前の錆びれたスーパー。

    スーパーにしては田舎ならではの大きさがあり、屋上には百円を入れたらゆっくり進むボロ雑巾のような毛並みをした何の動物かわからない動物の乗り物。

    黒ずんだビニールボールが敷き詰められたアスレチック。

    幼少期はここに行くためだけに買い物に同行した。

    だんだんアスレチックに飽きたり、ワニワニパニックができるようになったり、オカンが付き添わずに行けたりした。

    そこからは一人で、友達とそこに通いつめる。

    なんたって田舎で他に行く所がないのだ。

    初めてB’zのCDを買ったり、初めて好きな子にオモチャみたいなアクセサリーを買ったり、友達が万引きして怒られていたり、初めてのデートと呼べるものではないが当てもなくブラついたり。

    それら全て駅前の錆びれたスーパーでの出来事。

    自分で自分の成長を感じることができた。


    中学一年生の僕らは男数人で部活がない時はこのスーパーに入り浸っていた。

    フードコートと呼んだら誰もそこを見つけられないんじゃないかと思うほど、フードコートという名前が似合わない活気のないフードコートがある。

    焼きそばやピラフ、コーヒーやジュース、そしてソフトクリームが売られていた。

    ここはスーパーの一番端にあり出入口も近く、その出入口は踏切に抜ける。

    店内にはチープな音楽が流れるが、そのフードコートでは音楽と踏切の音と混ざり不協和音になる。


    穴を開けずにつけられるピアスもどきのようなイヤリングをみんなで買ってつけた。

    中学でピアスの穴を開けられるほど気合も入っていないし不良でもない。

    でもそんなイヤリングを買っちゃう感じが一番ダサいことにその頃の僕らは気付いていない。

    次の週はそこでハイパーヨーヨーを買う予定だ。

    幼さと背伸びが同居した体に住む僕は幼さに負けて友達とソフトクリームを買う列に並んだ。


    普段はソフトクリームを買い求める人なんて僕らみたいな幼稚な学生か、堂々と幼稚でいていい小さい子供くらいだ。

    その時は珍しく先客がいた。

    四十代くらいのおっさん。

    その後ろに並ぶ。


    おっさんはソフトクリームを手にするとそれを舐めながら踏切に続く出口へと歩いていく。

    僕らは人数分のソフトクリームを注文し会計を済ませた。

    その時スーパーに流れる音楽と踏切の音の不協和音をかき消す衝撃音が鳴り響いた。

    ゴン!!!という音が一度だけ。

    その音の方向を見る。

    うずくまるおっさんとガラス戸に放射線状に飛び散りるソフトクリーム。

    ガラスの壁にへばりついたソフトクリームはゆっくりと溶け滴り落ち始めていた。

    おっさんはガラスが透明すぎてそこにガラスがあると気づかず、その壁にソフトクリームを舐めながら激突したのだ。


    今考えるともう少し我慢するか遠慮しろと思うのだが、それを目の当たりにした僕らは腹の底から笑った。

    爆笑とはこのことだと言わんばかりに。

    腹筋の繊維が千切れていくのがわかる。

    そのくらい笑った。

    立っていられずに地面に這いつくばり笑う友達もいた。

    そして気づくとおっさんはガラスのソフトクリームの残骸をガラス戸に残し消えていた。

    放射線状に広がるソフトクリームの跡は魔法陣でそこに吸い込まれたのか。

    そんな想像をするとまた一層面白かった。

    僕らはソフトクリームを待つ間ひたすら爆笑していた。


    従業員によって綺麗にソフトクリームが拭き取られたガラスは夕方の光を屈折させてスーパーを染めた。

    僕らは何度も思い出し笑いを繰り返し、これだけで白飯何杯でもいける状態だった。

    と同時に、携帯なんてない時代ならではの好きな女の子に公衆電話から電話をする流れが起こっていた。

    フードコート近くの出入り口に公衆電話があるため笑い転げながらそこに移動した。

    数人電話をしていたが全員好きな女の子にさっきのおっさんの話をしていた。

    大阪では面白い男がモテるのだ。

    僕が好きな女の子に電話をする番になり受話器を取った。

    そして十円玉を何枚か用意し、面白くおっさんの話ができるかな?なんて思いながら番号を押そうとした瞬間。

    友達全員が血相を変えて四方八方に走った。


    僕は何が起きた?と振り返ったその時さっきのおっさんが凄い形相で僕を殴った。

    去年まで小学生だった僕の小さい体は吹っ飛ばされた。

    僕は倒れながらもう一発パンチを喰らった。

    おっさんの荒い息遣いと僕の手から離れブランブランと揺れる公衆電話の受話器の二つの景色だけ鮮明に覚えている。

    初めて人にグーで殴られ、痛いというより呆気にとられていた。

    友達全員は程よい距離感を保ちつつ心配しているのがわかる。

    助けたいけど助けられないという気持ちは充分にわかる。

    おっさんは気が済んだのか綺麗になったガラス戸を押し踏切の方へ夕焼けに吸い込まれるように消えた。


    実家に帰るとオカンに右頬だけなんか青くなってない?

    と言われたがなんと言っていいかわからず部活で転けたと言った。

    今日部活がないことはオカンが知らないはずがない。




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