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[#302] 何とも言えない『『誕生日当日にライブがあるということ』
『誕生日当日にライブがあるということ』
音と言葉。
それ以外に僕から何を渡せるだろう。
KITSUとして洋服などはたまに渡せるものを作ってはいるが、やはり僕としては音と言葉以外にはないのだと思う。
コラムという性質上”言葉”の話はよくしてきたから誕生日の次の日は音の話をしたい。
ギターを始めたのは中二。
ゆずの「サヨナラバス」を弾きたくてコードを覚えた。
C、G、Am、Emと来て、Fの押さえ方が人間には無理だと判断してギターを放り投げた。
”サヨナラバスはもうすぐ君を迎えにきて~♪”
これ以上進めない。
昨日42才になった僕は今も、あのFを押さえられない悔しさをずっとどこかに握りしめている。
中二の僕はすぐに理解してしまった。
才能がないのだと。
それは今も同じ。
僕に音楽の才能はない。
正直、なんでもすぐに出来る子供だった。
野球もサッカーも水泳も体操も絵も工作も勉強も。
それら全てボチボチ出来てしまう子供だった。
ボチボチっていうのがタチが悪い。
飛び抜けて出来の良いものがないのだ。
器用貧乏なのだと今となってはわかる。
しかしあの頃は自分は何でも出来る天才だと思っていたのでギターの難しさは僕を絶望させた。
そんなギターを今職業にしている。
もはやトラウマなのか。
もはやドMなのか。
もはや負けず嫌いなのか。
もはや執念なのか。
成功体験ではない、挫折体験からそれが好きになりそれを仕事にした珍しいタイプじゃないだろうか。
そんな僕は昨日ステージでアコースティックギターを弾いて誕生日を過ごさせてもらった。
Fよりも難しいコードを押さえたり、ミスったりしながらギターを弾いて年を取った。
家族以外の大勢の人たちに祝ってもらえるなんて普通ないよね。
有難い環境にいるんだと再確認させてもらえます。
しかも今年はBillboard。
ラグジュアリーに正装して、人生で初めて触ったアコースティックギターを持って。
なかなか粋なスケジュールを組んでくれた事務所社長にも感謝ですね。
そこでお祝いしてくれるメンバー、スタッフ。
そして会場にいらしてくれたあなた(来れなかったけど念を送ってくれたあなたも)。
幸せなおっさんやなぁ。
毎年この週になるとこういう自分の誕生日のコラムを書くか悩む。
自分の誕生日(10/25)の話を毎年ずっと書くのも違うなーと思ったり、お祝いコメントを貰ってるのにそれをわざわざ無視して関係ない話をするのも違うなーと思ったり。
でもアコースティックギターを掻き鳴らした昨日の景色と、実家の狭い部屋でコードと睨めっこしながらアコースティックギターを掻き鳴らした記憶が交錯して、その間には28年という年月があって、途中でこの歳まで一緒にバンドをやる人と出会い、酸いも甘いもをくぐり抜けてここにいる。
そんなことを思うとコラムに昇華したくなったのです。
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