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[#293] 何とも言えない『バンアパと気安く話すな』
『バンアパと気安く話すな』
「別に俺ら以外にもあの立ち位置のバンドいるし、許可もクソもねえよ」
ボーカルが右端でギターが真ん中というLEGO BIG MORLの立ち位置はバンアパの丸パクリだということを正直に伝えて、許可を貰おうと挨拶した時にバンアパの原さんは笑いながらこう言っていた。
僕らの初めてのフェス。
それはアラバキロックフェスでの楽屋エリア。
この立ち位置の許可を貰う前も震えて震えてその時を待った。
アラバキの本番と同じくらいの緊張がそこにはあった。
そんな彼らと今週末対バンするのだ。
同じフェスに出るなんて思ってもいない学生時代。
LEGOの前のバンドを今のボーカルのキンタさんと組んでいた。
大阪のBIG CATにバイトで貯めた金でライブを見に行った。
バンアパとmock orangeというアメリカのバンドとの2マンライブだ。
終演後にロビーを普通にうろつくバンアパのメンバー。
まだ痛い学生ノリの僕らは何の緊張もなく原さんに話しかける。
「僕らバンドやってます!いつか対バンしたいです!」
「音源ねえの?聴かせてよ」
んなもんあるわけないですやんと思った矢先に。
「CDウォークマンあります!聴いてください!!」
そういえばキンタさんCDで音楽聴く派やったなと思い出した。(その頃はiPodが主流だった)
ナイスキンタ!とも言えるし。
何してくれてるねん!とも言えるのだ。
その場でキンタさんのイヤホンを耳に突っ込み一曲丸々聴いてくれる原さん。
周りのファンは僕らのように原さんに声をかけたくても、今彼は音楽鑑賞しているからザワつくのみ。
僕とキンタさんは原さんが僕らの一曲を聴き終える時間が一瞬にも永遠にも感じたに違いない。
天国のようで地獄のような汗がじっとりとまとわりつく。
原さんがイヤホンをとって僕らに何か言おうとする。
言わないでくれ!何も!
褒められてもお世辞だと思ってしまうし、貶されたら自害してしまう。
大好きなバンドマンに自分の曲の感想を言わせないといけない状況への後悔。
今すぐここから走って逃げ出したい。
御堂筋に飛び出してデカい車が轢いてくれればいいのに。
すると原さんはこう言った。
「かっこいいじゃん。そのうち対バンしようよ」
僕は今でもこの言葉を抱きしめてここまで来た。
それがお世辞だとしても。
実はデビュー当時に神戸でthe band apartと2マンライブをしている。
今は亡き神戸名物の松原さんが悪ノリでこの企画を組んだ。
「お前らバンアパのパクリなんやからバンアパを2マンやれや!」
当日の記憶がほぼない。
まだまだ若くて人見知りで社交性もない僕らはリハでもライブでも打ち上げでもバンアパと話した記憶がない。
もちろん話したんだろうけど。
緊張しすぎの僕らせいで打ち上げが全然盛り上がらなかったことは覚えている。
木暮さんが優しく話してくれたことも覚えている。
あれ以来僕はこう思うようになった。
”バンアパにとってLEGO BIG MORLはおもんないバンドだと思われてしまった”と。
僕らの仲の良いバンドたちがバンアパと絡み出す。
普通に対バンしたり、プライベートでも飲んだり。
ひねくれた思考のままの僕はそれを妬み、嫉みなどしまくる。
お前らはMCまで丸々覚えているくらいバンアパのDVDを観たのか?
お前らは実家の部屋にポスターを貼っていたか?
お前らはPCの壁紙をバンアパにしていたか?
していないだろ。
それじゃあバンアパと気安く話すな。
そんな劇的に痛い男になっていた。
この歳になった今でもそんな思いになる時があるのがやばい。
小説にも書いたくらい僕は、僕らはバンアパの影響を受けている。
バンアパがいなければ僕はバンドをやっていないと言い切っていい。
そんな僕らが勇気を振り絞って20周年にかこつけて2マンライブのお誘いをした。
本当に振り絞った。
そして快諾いただいた。
しかし原さんは骨折し特別仕様のライブになる。
ポジティブに捉えるしかない。
またバンアパとライブができるということ。
バンアパもリベンジを約束してくれた。
こんな機会だからこそ、当日スペシャルなことをご用意しています。
新代田でお待ちしています。
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