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    [#18] 何とも言えない 『おふくろの味』

    KITSU

    2021/05/03 19:00

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    『おふくろの味』


    おふくろの味ってのが皆さんにはあるでしょうか?

    ベタなのは味噌汁、卵焼き、肉じゃがとかですかね。

    僕にはそれがあると言えばあるし、ないと言えばない。

    それをおふくろの味と言っていいのかわからないからだ。

    僕にとってのそれはオカンのおにぎりだ。


    あなたは人生で初めておにぎりを食べた日を覚えているでしょうか?

    そんな人がいるのか僕にはわからないが、なんと僕は覚えている。

    それまで無意識で食べさせられていたことはあるかもしれないが、能動的に初めておにぎりを食べた日だ。

    何歳の時かは覚えていない。

    幼稚園か、小学一年生の時だ。

    でも鮮明にその時の状況、景色、匂い、部屋の暗さを覚えている。

    そしてその味ももちろん。


    食卓で肉ではなく焼き魚を出されてテンションの上がる小さい子供がいたら、そいつは大したタマである。

    まぁでもそんな粋な子供もいるのかも知れない。

    今日のご飯は魚だ。

    二階にいる僕は匂いでそれを理解しテンションが下がる。

    今では大好きだが、当時僕は嫌いだった。

    味が嫌いというか、食べるのが面倒くさかったのだ。

    カニのように食べるのに苦労した甲斐がある味とはまだ理解できていなかった。

    皮や骨を取る苦労と味を比べた時、美味しさは面倒臭さに完敗していたのだ。

    テレビには天才テレビくんが流れる。

    料理と洗い物と僕と弟に飯を食わせるという三つの仕事を同時に行うオカンが目を光らせている。

    女性は複数のことが同時に出来るんだなと子供心に思った。

    めんどくさがり過ぎる僕は魚を食べることに心が折れてはいたが、オカンがそんな折れた心を折り目はついたままではあるが無理矢理真っ直ぐにする。

    めんどくさがり過ぎる僕は皮も骨も適当に除き口に放り込んだ。

    ここまでして食べるほど美味くはない!

    そう叫びそうだったが、その言葉は魚と一緒に飲み込んだ。


    確実におかしい。

    お風呂上がりで濡れたままの髪で観るテレビ。

    しかし全く集中できない。

    僕の体に何かが起こっている。

    いや、体というかピンポイントで異変が起きている部位はわかっている。

    喉だ。

    喉がおかしい。

    この異変の原因も幼心に何となくは察しがついている。

    忌まわしき魚の骨な気がする。

    奴が喉につっかえている気がする。

    断定するほどの人生経験もない僕は感覚的にそう推測した。

    しかもこれをオカンに報告すると「それ見たことか」という反応が来そうなことが感覚的にわかった。

    実家には麦茶が湯水のようにある。

    それはオカンが麦茶を毎日沸かしてくれているということなのだが、常備されすぎていて水道から麦茶が出るくらいの感覚で生きていた。

    その有り難みも知らないで麦茶をがぶ飲みすれば骨は取れると見越し寝るまで麦茶を飲み続けた。


    豆電球だけ付けて寝る家族であった。

    今でも真っ暗な中眠るのに抵抗がある。

    オカンが照明の紐を二度引っ張れば就寝の合図だ。

    豆電球の明るさに目が慣れるには時間がかかる。

    眠いのに寝れない。

    魚の骨がまだ僕の喉を住処とし僕の眠りを妨げるからだ。

    いやもはやこの時は不快感を通り越し痛みに変わっていた。

    僕は腹を括った。

    家族四人全員が並んで寝ている部屋の静寂を僕の声が遮った。

    「なぁなぁなんか喉痛いねん」

    風邪だと思われそうで付け足した。

    「なんかよくわからへんけど喉に魚の骨みたいなやつが刺さってるみたいで痛いねんけど」

    オカンの「それ見たことか」という顔は豆電球の明るさでは見えない。

    それどころか思いの外かなり心配した感じで対応してくれたことを覚えている。

    余計に自分が惨めになった。


    「ちょっと待っとき」

    そう言ってオカンは一階へ降りて行った。

    「麦茶なら効きまへんで」

    僕はそう思いながら言われた通り待っていた。

    オトンと弟は寝ているので横の部屋に移動しその部屋の明かりをつけたが、それは豆電球よりも明るく寝室を照らした。

    それが少し申し訳なくなりその部屋の照明の紐を一回引っ張った。

    喉はまだ痛い。

    オカンはお盆に麦茶を乗せてやってきた。

    麦茶は効きまへんで。

    「これなるべく噛まんと丸飲みする感じで食べぇ」

    麦茶と一緒に海苔で巻かれた小さめのおにぎりが三つ。

    今思えばあれがおにぎりと認識できていたのかもわからない。


    関西の海苔は味付け海苔が一般的だ。

    藁にもすがる思いでおにぎりを丸飲みした。

    おまじない的な意味合いもあったのか、本当に米が骨を押し流してくれたのか。

    一個目でいとも簡単に喉のつっかえはなくなり痛みも消えた。

    ただ、そんなことはすぐに忘れた。

    おにぎりが美味しすぎたのだ。

    オカンは心配そうに僕の表情を覗く。

    僕は一個目のおにぎりで骨と痛みは消えていたが、それを言えずにいた。

    大したことない痛みで騒いだと思われたくなかったからだ。

    本当に痛かったし、本当におにぎり一つで痛みは消えたのだが、それよりもおにぎりというものが美味しくて状況と相まってどんな顔をすればいいのかわからずにいた。


    「どう?痛いのなくなった?」

    そう聞くオカンと目も合わせずに「んーどうやろ」

    と言って二個目を食べた。

    本当は喉の痛みはもうない。

    ここからはただの食事だ。

    でもそれを何故か言えないまま、ちょっと喉に違和感がある演技をしながら。

    美味し過ぎるおにぎりを美味しいというリアクションを我慢して食べる。

    いつもお茶碗にある米に塩を入れ丸めるて味付け海苔で巻くだけでこんなに美味いのか。

    オカンの手から何か旨味が出ているのか。

    三つ目を食べ終えたところで痛みがなくなったことを伝えるとオカンは本当に安心した表情で皿を台所に運んだ。

    申し訳ない気持ちと、おにぎりの美味しさを初めて知った気持ちが正面衝突して僕の頭はぐちゃぐちゃになった。

    食べ終えて飲む麦茶はおにぎりと同じくらい美味かった。


    バチが当たったのか、いや寝る前に麦茶を飲みすぎたから。

    僕は次の朝おねしょをした。



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