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[#14] 何とも言えない 『救世主中村倫也』
『救世主中村倫也』
二十四歳の時に東京に単身引っ越してきた。
心細い中、初めて自炊というものを経験した。
やはり料理なんて上手に出来ず母親の有り難みを感じる日々。
それでも初めて住んだマンションの横にはスーパーがあり、自炊をしなさいと促してくる環境にいた。
コンビニよりも近すぎてコンビニ感覚でそのスーパーに通うことになる。
しかしいつしか「温めるだけ」「混ぜるだけ」のようなインスタントな物ばかり買うようになってしまった。
男の一人暮らしなんてこんなもんだと自分に言い聞かせながら。
ある日パスタコーナーで茹でたパスタにかけるだけのピエトロのソースを見つけた。
説明文を読むとソースを湯煎することも必要ないらしい。
何種類かある中から「ジェノベーゼ」と「ごま醤油ガーリック」を選び買い物カゴに入れた。
帰宅するとすぐに準備を始める。
パスタを茹でることはもうオカンより上手いかもしれない。
皿に茹で上がったパスタを乗せソースをぶっかけた。
何の具もないそのパスタはイタリア人に見せたらブチギレされるパスタなのかもしれない。
しかし味はとてつもなく美味い。
何よりよくあるパウチを湯煎するソースと比べて工程が簡単すぎる。
なんてったって今までズボラな僕はパスタを茹でる鍋にそのパウチをぶち込み、一緒に茹でていたのだから。
その日から週に三、四回はピエトロを食べることになる。
二種類の味を交互にかけて飽きないようにした。
常にストックは欠かさず、馬鹿みたいな量のパスタを茹でては腹に入れるという作業だった。
腹を満たせれば満足なお年頃だったのもあると思う。
そこから数年お世話になり、その時は突然訪れた。
スーパー内を目を瞑ってもピエトロがどこにあるかわかるほどになっていた僕は、きちんと目を開けてパスタコーナーに行くとピエトロがない。
売り切れかと思ったが普段からそのスーパーでピエトロのパスタソースを買っているのは僕だけだと自負するほどいつも大量の在庫を抱えてたはずだ。
急いで家に帰り調べた結果、ピエトロはパスタソースの生産を終了したとのこと。
こんなことならもっと沢山買っておけば良かった。
周りの人にも勧めておけば良かった。
もっとピエトロはドレッシングだけじゃなくパスタソースも最高なんだと声をあげていれば良かった。
そんな自責の念にかられた。
ピエトロの本社の電話番号を調べて直接電話しようかとも思った。
しかしそこで何を言えばいいのか。
それからの毎日の食事は色を無くし、モノクロの景色は味気すら奪っていったようだった。
ピエトロと同じくいつも常備していた冷蔵庫の納豆だけはこの気持ちを察してくれているように見えた。
優しくおかめが微笑んでいる。
数年後、何回かの引っ越しを経験し今の家に落ち着いたが、あんな真横にスーパーがある物件はそうそうない。
失ってから気づいてばかりだ。
何気なくテレビでバラエティを見ていた。
視聴者をイラつかせるだけのもったいぶった演出でそのままCMへ。
そこではイケメン俳優が何やらCMソングを口ずさみながらバスタを食べていた。
ん?と思いよく聞いてみた。
「オウチパスタヲカケルダケ」
呪文のように聞こえ頭に入らなかったが、彼のその後のセリフに僕の背骨に稲妻が走る。
「僕はごま醤油ガーリックが好き」
もうすぐCMは終わる。
その寸前、最後に商品名が聞こえた。
「ピエトロからおうちパスタ」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
中村倫也というのか、あの俳優さんは。
彼が救世主メシアに見えた。
僕は気づいたらサンダルで最寄りのスーパーに走っていた。
本来なら五分以上かかる。
しかしスーパーが真横にあったあの頃のように体感時間が数秒に感じた。
もう会えない人はいますか?
僕はそう思っている人は何人かいます。
物理的にも心情的にも。
では、そう思っていた人と会えたことはありますか?
僕はないです。
その時僕はどんな反応をするのだろうか。
それと同じだったのかもしれない。
スーパーのカゴなんて使わずにソースを探した。
何種類かあるはずだが、そのスーパーの取り扱いは二種類。
なんと偶然にも「ジェノベーゼ」と「ごま醤油ガーリック」
どこ行ってたんだ馬鹿野郎!!!
着ている服(パッケージ)も僕が知らない間に垢抜けやがって!!
右手に「ジェノベーゼ」左手に「ごま醤油ガーリック」
人目もはばからずその二本を抱きしめた。
ピエトロに長年の僕の思いが届いた。
いつ生産を再開したのだろう。
家に帰りすぐにパソコンを開いた。
ピエトロのホームページにはこう書かれていた。
【2018年2月末生産終了~2018年3月発売再開】
おい。
売られてない期間ほぼないし、何年も前から売ってたやん。
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